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社会問題の解決アプローチ

札幌市 町田副市長対談【前編】
これからの行政経営に求められることは?

札幌市の町田副市長とグラビス代表の古見の対談画像

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 より良い地域社会の実現を目指すうえで、行政に求められることは何でしょうか。2015年から札幌市(北海道)の副市長として大都市の運営に従事される町田副市長と、グラビス・アーキテクツの代表古見が、行政経営についての考え方を対談しました。
  • 町田 隆敏(まちだ たかとし)
    町田 隆敏(まちだ たかとし)

    町田 隆敏
    (まちだ たかとし)

     横浜市出身。北海道大学法学部を卒業後、1983年に札幌市役所入庁、経済局に長く従事した後、秘書部長や広報部長を歴任。2013年には札幌市教育委員会教育長に就任し、2015年から札幌市副市長を務める。

  • 古見 彰里(こみ あきのり)
    古見 彰里(こみ あきのり)

    古見 彰里
    (こみ あきのり)

     大手コンサルティングファームのパブリックセクター戦略チームにて公共機関向けコンサルティングおよびプロジェクトマネジメントを多数経験。自治体向けサービスの統括を行う中で、地方の活性化を強く志向。
    その後、開発センターを北海道で立上げ。2010年にグラビス・アーキテクツ株式会社を設立。公共機関や地方の中堅企業向けにテクノロジーを活用したコンサルティングを展開。

行政経営に必要な「トランスフォーメーション」

古見

 行政経営とは、公共経営(サービスを通じて、地域全体をどのように良くしていくか)の中心として行政が、いかに人、もの、金、情報を最適化していくことかと考えています。町田さんは「行政経営」というキーワードをお聞きしたときに、イメージされることや、実際経営時に気を付けていらっしゃることはありますか?

町田副市長

 行政経営とは、さまざまな行政サービスの質・量を適正に掲げていくことだと思います。これからの行政サービスで一番の問題は、少子高齢化で生産年齢人口が少なくなり、今までの仕組みではきっと上手くいかなくなることかと思います。
行政サービスの効率化と、必要なサービスを必要な人に届けることをいかに両立するか考えると、DXは避けて通れませんいち早く取り組み、いいモデルを作っていきたいです。

古見

 生産年齢人口が減るということは、行政サービスの供給力が落ちて、需要と供給のバランスが悪くなるということですね。そして、社会問題が多様化すれば、公共サービス、行政サービスも多様化せざるを得ない。昔と今とではだいぶ行政サービスの規模が変わってくると思いますが、細かなサービスを作っていくうえで、気を付けていることはありますか?

町田副市長

 行政だけではきっとサービスは提供できないので、地域全体でサービスを提供していくような形に持っていかないと。日本が欧米のように外国から人材を受け入れて、ある部分を担っていただく。これはこれで必要ですが、同時に、いろんな人がいろんな形で地域全体を支えていく立場になっていっていただく社会を提案していく必要がありますそのうえで、働きたい人は働いて健康を維持できるといいと思います。その分、支えられる人が減って支える人が増えるわけですから。


 その時には、市役所側の仕組みを変えていかないといけません。だから、DX(デジタルトランスフォーメーション)と言いますが、デジタルよりもトランスフォーメーション(形を変えること)の方が、意味が大きいと考えています。

古見

 おっしゃる通りで、デジタルは手段。もちろん、トランスフォーメーションも手段ですが、私もDXの本質って、やっぱりトランスフォーメーションできるかどうかだと思っています。

行政はプロジェクトマネジメントの役割が求められる

古見

 地域の方々、民間企業の方々にも、公共サービスの一翼を担ってもらう考え方もありますよね。これまでは行政が全てを担っていたけれども、地域の方々、民間企業、場合によってはAIやロボティクスによる代替みたいなものが起こっていくと、行政の役割が今後どう変わっていくと思いますか?

町田副市長

 福祉の分野で地域包括ケアという言い方をしますよね。これは、いろんな人がケアする側にもされる側にも回るということです。それを総合調整するというか、みんなを後押ししていくようなものが行政の役割になってくるかと思います。


 たとえば婚活です。私が若い頃やその前の世代には、町内会や職場に世話好きな方がいて、結婚の相手をマッチングしていました。今はもうそういうことはかなり減っていますから、出会いもマッチングアプリなんかでやりますよね。だけどそれではすごく不安、信用できないという中で、行政が上手く仕組みとして、正しいもの、信用できる仕組みを提供してくれないかというご要望があります。でもそれって、昔では考えられないですよね。

古見

 婚活自体が行政の仕事になるというのは、一昔前では考えられないですね。


 その一例だけ見ても、行政の仕事は増えていると思います。おっしゃる通り民間企業、地域の方々を巻き込んで、公共サービスを形作っていくことが重要になるかと思います。人的資本経営、リスキリングの視点でいうと、プロジェクトマネジメントスキルをどうもつか、という話かと思いました。プロジェクトマネジメントについては、どのようにお考えになられていますか?

町田副市長

 たとえば、スポーツイベントもプロジェクトマネジメントだと思います。やるときにはKPIをしっかり示さないといけない。よくあるハコモノ行政の批判というのは、ハコモノを作ったから、どうなるの?という説明が上手くいってないからだと思うんです。

古見

 プロジェクトマネジメントには目的、目標があって、そこに向けていろいろタスク、まさに手段を切っていく考え方やスキル。あと、実行力というのでしょうか。そういうものが、職員の方にとって重要になりそうですね。

行政職員のプロジェクトマネジメント力を育てるには

古見

 実際、プロジェクトマネジメントというのは難しい仕事ではあるのですが、やった後の達成感はひとしおなので、非常に面白い仕事ですよね。職員の方々の組織や地域に対してのエンゲージメントを高めていくうえでは、彼らが達成感を味わえるような内部的なコミュニケーションが非常に重要になってきますよね。その辺りは意識されていますか?

町田副市長

 行政では人材のリクルートはもちろん、エンゲージメントという面では若い職員の方にも、これから行政のあり方や、今の仕事がどう繋がっていくのかをお話していかないと駄目だろうと思っています。

古見

 行政の仕事は事務作業ばかりでエンゲージメントが低いというステレオタイプもあるかもしれませんが、実際は地域の10年後、20年後を作っていく最もクリエイティブな仕事ですよね。

町田副市長

 はい、行政は明日倒産する危険性はほとんどないわけです。だから、明日の資金繰りは気にしなくていい。だけど、10年後、20年後、30年後に街全体の運営をどうするか、経営をどうするか…という視点で、持続可能な形で考える必要があります市民と議論をして、市民がどうしたいのかを把握して運営していくというのは、なかなか大変な作業ですが、本当に面白いと思います。

古見

 持続可能性は確かに大事ですね。でも今お話を聞いていて、20年後のことを考えるのであれば、まず制約を1回取り払って、こういう世界を、社会を、地域を作りたいみたいなことを職員の方々が想像する。そして、制約を踏まえながら具体的なスコープを切って、プロジェクトを作っていくことがあってもいいのかなと思いました。


 MBAでも、アントレプレナーシップ、起業家精神という言葉があるのですが、一切の制約などを持たずに、その物事もしくは、その地域、その事象のあるべき姿を想像し、白いキャンパスに絵を描いておく。それが本当に必要なものであれば、人、もの、金は後からついてくるということなのです。

町田副市長

 人材育成のあり方、研修のあり方、さらには職員がしっかりエンゲージメントを持っていただくために、何を組織としてしたらいいのかという中で、非常に大きな話ですよね。

古見

 アントレプレナーシップというのは、民間企業のスタートアップが考えるだけではいけなくて。実はすごくいろんなスタートアップが役所の中から生まれてくるし、来なきゃいけないですよね。


 しかも、不確実性が高くてスコープの切りづらいところを、行政の職員の方は、スタートアップとして事業化していると考えると、実はすごく難易度の高い仕事をやっていて。すごくクリエイティブな仕事をされているということが、上手く伝わっていくといいかもしれませんね。

町田副市長

 そうですね。若い皆さんに、そういったことを言っていかないと、と本当に強く感じますね。

行政データの組織横断的な活用も大切

古見

 まちづくり戦略ビジョンを拝見している中で言うと、行政内部の話ですが、分野横断型というキーワードが書かれています。行政は縦割りだと言われたりしますが、分野横断的に活動する重要性を感じている理由は何ですか?

町田副市長

 最近だと、ヤングケアラーの例ですね。一番私が問題だと思うのは、本来は、行政がケアするべき人を子どもたちがケアしている事態です。その事態を解決するとなると、学校や福祉の現場など、さまざまなセクションが子どもに対して注意しないといけないですよね。本当に組織横断的に、自分の守備範囲を決めないでやっていくことが重要になります。

古見

 その中で1つ気付きになるのがデータですよね。行政の中にも、いろんなデータがあるので、それを上手く引き出して共有するだけでも、色々役立つと思っています。


 児童相談所に伺ったときに、数年前の取り組みで、子育てデータ管理プラットフォームというのをお作りになったと聞きました。母子のデータ、区役所のデータ、児童相談所のデータが最初に集まっているだけでも、すごく業務が楽になったそうです。

町田副市長

行政は市民情報、企業で言えば顧客情報を持っているのだから、それを上手く繋ぎ合わせて、市役所の職員が本当の市民のニーズを見ていく仕組みがきっと必要ですね。


個人情報をどういうふうに使っていくのか。もちろん、セキュリティの問題はしっかり対策する必要がありますが、組織の中で情報共有をして、それを市民サービスに役立てるという観点では、マイナンバー制度の運用は絶対必要ですよね。

古見

 また、組織の単位で情報保持をしていると、多様化している社会問題になかなか追いつきにくい可能性にも対処しないといけないですね。横断的に情報を活用していくために、業務文書の単位でデータを扱うのではなくて、社会イシューの目線から、行政の中でデータを集めに行く役割の人が結構重要になるのかと思っています。イシューベースで、有機的に組織をまたいで活動できるような組織づくりもあっていいのかと。

町田副市長

今まさに、複合的な課題を抱える市民に対応できるようなセクションを作って、いろいろ試験的にやっているんです。それをもっと組織的にやっていくことが必要ですね。

古見

 プロジェクトマネジメントの先にある、HowよりもWhyを探す、問いを見つけにいく仕事の仕方がすごく重要になってくると思っています。行政職員という集団が、当事者意識を持ちながら、自律的に問題発見と問題解決を考える人たちになっていくといいですね。

後編では、こと札幌市での行政経営において、町田副市長が意識されていることをより深く伺っていきます