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日本の社会問題

官公庁とデジタルトランスフォーメーション
第2回 マイナンバーカードがもつ意味

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 マイナンバーカードは、対面での本人確認に加えてネットワーク上での本人確認にも使える「身分証明書」だと言えます。行政サービスがネットワーク経由で提供される際には、この「身分証明書」によって本人確認されていることが必要になります。本記事では、マイナンバーカードが「本人確認書類」として設計されていることを改めて確認するとともに、それがなぜ行政サービスのデジタル化にとって重要なのかを解説します。

※今回の記事はインフォグラフィックのダウンロード対象外です。

本人確認の枠組み

対面での本人確認

 かつて、対面の手続きで写真付きの「身分証明書(注1)」で確実に本人確認をしたい場合、一般的に使える証明書は事実上運転免許証しかないという時代が長い間続いていました(注2)。厳密な本人確認には住所、氏名、生年月日等の確認は必須です。これに性別を合わせたものを基本四情報と呼びますが、免許証にはこのうち性別を除く三情報が印刷されており、しかも、これらの情報は住民票や更新通知ハガキの持参に基づいて公的機関によって確認されたものです。また、住所変更の際は、速やかに変更手続きを行うことが定められています。法的な手続きが必要になれば住所ないし居所が明確で最低限郵便で連絡がつくことが必要です。その意味で、運転免許証は本人確認書類たりえるわけです。

(注1) 本籍地の役所で発行してもらえる「身分証明書」という書類がありますが、これと区別するために以降ではいわゆる身分証明書のことを本人確認書類と呼びます。
(注2) 他に、身体障害者手帳、在留カード、特別永住者証明書などもあります。

 パスポートや保険証がこのような厳密な本人確認に適さないのは、住所が所有者の手書きで公的機関の証明を経ていないためです(パスポートの住所記入欄は廃止)。パスポートは国籍を証明するもの、保険証は健康保険の加入を証明するものです。どちらも住所の正しさを保証するものではありません。そのため、こうした状況でパスポートや保険証しかない場合、加えて住民票の提出を求めるか当該住所に別送した書類の持参を求めるなどの方法によることが多いと思います。

 社員証や学生証なども事情は同じです。偽造や失効の可能性も含めて考えればそれだけで厳密な本人確認とするのはやはり難しいでしょう。世の中の手続き事で住民票が必要になるのは、こうした証明書の記載事項に対する裏付けの意味があるわけです。

 では、実際にどのくらい住民票は使われていたのでしょうか。

住民票の用途

 横浜市が平成27年(2015年)に公表している『証明書発行サービスの在り方の検討結果について』という資料によると、平成8年度(1998年度)の証明書発行枚数は660万枚にのぼっていました。以降次第に減ってきていますが、平成26年度(2014年度)でも446万枚です(注3)。平成26年の横浜市の人口は371万人となっていますので、年に一人一回以上何らかの証明書を取得していたことになります。

 横浜市は少し巨大すぎるとすれば、東京都の三鷹市がまとめた資料によると、平成22年度の証明書の発行数は25万枚を超えており、そのうちの半分近くが住民票です(注4)。

 当時の三鷹市の人口は18万人くらいですので、やはり一人一回以上、何らかの証明書を取得していることになります。これは個人にとってはわずらわしいにしても問題になるほどの頻度ではありません。窓口に出かけるのも平均して年に一度か二度、しかも重要な手続きのためであるなら許容範囲と考える人も多いでしょう。

(注3) https://www.city.yokohama.lg.jp/shikai/kiroku/katsudo/h27-h28/katsudogaiyo-h27-j-3.files/0119_20180808.pdf
(注4) https://www.j-lis.go.jp/data/open/cnt/3/834/1/07_mitaka.pdf

 もちろん、これだけの住民票が対面での本人確認の補完で使われているわけではありません。住民票が必要になるのは主に各種申請手続きなどの書類を整える時です。そこで、厳密な本人確認が必要なケースのうち典型的なものとして、住宅の権利譲渡の契約に係る書類一式を作成する場合を考えてみます。

 この場合、対面の本人確認を運転免許証で行えたとしても、その確認結果を残そうとしても免許証の画像コピーを残すくらいしかできません。しかし、これは、そのカードを信じたという記録としての意味はあっても、直接的な証跡としての能力は怪しいと言わざるを得ません。画像コピーから免許証の真正性を判断するのは困難です。つまり、署名者が本人であると対面で確認することは元より、その事実を後から客観的に確認可能な形で残せる証跡が必要になるのです。役所の手続きなら、住基カードや運転免許証で本人確認ができれば、住基ネット経由で住民情報が取得できるかもしれませんが民間機関ではそうはいきません。しかも、住基カードや運転免許証の偽造は残念ながら皆無ではありません。

 本人を証明する書類として住民票が必要になるのはこうした時です。なお、住民票は家族なら取得できますから、書類の署名者が確かに本人であることを証明するためには、更に実印の押印と印鑑証明書が必要になります。証明書等がこの種の書類作成で必要になる頻度を考えると、平均して年に一回から二回程度の証明書の取得という頻度とも整合するのではないでしょうか。

本人確認書類としての住基カード

 このようなわけで、書類による手続きがまだ多く残る世の中では、住民票や印鑑証明書は無くなりません。ただ、対面で本人確認書類が提示できて住所、氏名、等が確認できれば済むといった場合もしばしばあります。そのような場合に、運転免許証を持たなくとも自己の証明ができるようにするために、本人確認に必要な情報をその都度紙で役所が発行するのではなくてカードにして本人が持ち歩けるようにしたらどうでしょうか。役所は、そのカードを発行したことを証明すればよいので事務手続きは一回で済み、運転免許証を取得しなければ本人確認もできないといった行政サービスの不備も是正されます。

 住基カードは(マイナンバーカードも同様)、そのような役割を果たすものとしてまずは設計されています。住基カードの券面には基本四情報が記載されており、顔写真を付ければ本人確認書類としては十分です。つまり、住基カードには、公的機関が発行する写真付き本人確認書類としての意味がまずあったわけです。しかし、世間の反応はどちらかというと冷たいもので取得率も伸びませんでした。

 この主な原因は、初めに述べた通り恐らく運転免許証が事実上身分証明書の役割を果たしていたところにあったと考えられます。横浜市の統計の時点、平成26年頃の運転免許証の発行数を調べると8200万枚程度(注5)、これに対して当時の就労人口は6300万人程度(注6)ですから、本人確認を必要とするような人の多くは運転免許証を所持していて事実上身分証明書として免許証が用いられていたことが推察されます。つまり、対面での本人確認に限れば元々それほど問題はなかったわけです。

(注5) https://www.npa.go.jp/publications/statistics/koutsuu/menkyo/r05/r05_main.pdf
(注6) https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00200531&tstat=000001226583&cycle=0&tclass1=000001226851&tclass2=000001226852&tclass3val=0

 ただ、住基カードには、役所の窓口に足を運ばなくとも、役所が設置する専用端末やコンビニ等のキオスク端末で各種証明書を取得できるという新しい機能もありました。そうしたことに巨額のIT投資が見合うのかといった議論は当初からありましたが、役所の側から見れば、三鷹市の25万回を例にとっても、開庁日を年に240日程度とすると、日々1000回以上の証明書発行事務が生じており決して軽いとはいえなかった負担が軽減されることには十分に意味があったはずです。実際、住基ネットの導入時には、政府は全国どこでも住民票が取得できることを強調していましたが、住民視点から見れば効果は限定的だったことから取得率は伸び悩みました。

オンラインでの本人確認(公的個人認証)

 しかし、この時住基カードの導入によってデジタル化された行政サービスの基盤がひとつ動き出していたのはどのくらい広く認識されているでしょうか。キオスク端末で住民票を取得することができるようになったのは、住基カードに搭載されているICチップ(NFC)のお陰です(注7)。住基カードのICチップには、住民票コード、券面記載の四情報等に加えて電子証明書と秘密鍵、暗証番号が格納されます。住基カードの暗証番号は本人しか知らないものですから、本人確認が電子的に成り立つことになります。キオスク端末には認証のための仕組みがあり、住基カードをかざして暗証番号を入力すると認証が完了して必要な証明書を取得できるようになります。電子証明書は、ネットワーク上に開設されている認証局でチェックされます。この認証の仕組みを支えているのは、公的個人認証サービス(JPKI: Japanese Public Key Infrastructure)です。ネットワーク上で本人を確認する仕組みが公的に提供されるようになったことは非常に重要です。

(注7) Near Field Communicationの略称。近距離無線通信を意味します。銀行のキャッシュカードや交通系ICカード等を始めとして広く社会で利用されています。また、電子証明書の付与は任意です。

 政府がこれまで説明してきた住基カードやマイナンバーカードがあるだけで様々なサービスを受けることができるようになるという未来像は、実はJPKIなくしては描くことができません。住基カードの導入からしばらくの間は住基カードが役立つ場面は少なかったわけですが、当時は役所も民間もまだまだ紙の手続きに依存していたのですからそれも当然です。

 しかし、当時から官民を問わずにデジタル処理の中で本人確認を行えるようにしていくことの重要性は政府に認識されていたと考えられます。というのも、これらの動きはすべて2001年に策定されたe-Japan戦略に沿ったものだったからです。そこでは、国が提供するすべての行政手続きをインターネット上で可能にすることが目指されていたのです。公的個人認証サービスは、住基ネットが2003年にかけて順次稼働開始して後、2004年からサービスを開始していますが、その後すぐにサービスを開始した電子申告(e-Tax)も本人確認には住基カードを使っていました。こうしたサービスを展開していく上で、オンライン上で本人確認を可能とする仕組みが何よりも先に必要になることは論を待たないでしょう。住基カードは対面手続きで活用できる「身分証明書」として設計されたのと同時に、いわばネットにおける「身分証明書」としても設計されていたわけです。

マイナンバーカードへの移行

 政府は、利便性だけを前面に押し出すのではなく、一連の事業が行政システムの変革だけでなく日本の社会全体のデジタル変革への礎石になるのだと、もう少し高い視点でその意義を説明してきてもよかったように思われます。住宅の権利譲渡の際に必要だったように、住民票と実印と印鑑証明が前提である限り、契約書類は紙でしかありえません。デジタル・サービスを拡張していく際には、これらに代わるものとして、公的機関によって自己を証明することのできる公的個人認証サービスは必要不可欠なのです。

 では、なぜ住基カードは廃止され、マイナンバーカードに乗り換えることとなったのでしょうか。電子証明書とJPKIを用いた認証の仕組みは、細部はともかくとして基本的には同じです。

 前回(第1回 マイナンバー制度がもつ意味)説明したように、住基カードに格納されている住民票コードは四情報について振られたコードとして使う分にはよくても、業務分野をまたがる共通コードとして用いることにはプライバシー懸念があるとする最高裁判決がありました。つまり、住民票コードを共通IDとして様々な行政システムに対して提供し、該当する個人情報を取り寄せるといったユースケースはこの最高裁の判断に基づけば実現は厳しいと言えます。マイナンバーが導入された際に、このことを乗り越えるために符号に基づく情報連携方式を産み出したように、住基カードは住基ネットという「個別の制度」に紐づく性格が強いものとして廃止し、より各制度との関係性を薄めた新たなカードを導入したのは正しい方向性であったと思います。

 以上のことから、マイナンバーカードは、住基カードを引き継ぐ対面での本人確認書類であると同時に全行政分野のみならず国内で一般的に通用するネットワーク版の本人確認証書類として設計されたと考えることができます。とくに行政サービスについては、それを受ける技術的な前提になっているとともに、ネットワーク上で展開される行政サービスを享受する権利があることを証拠立てる手段にもなっています。つまり、マイナンバーカードは、国民が自らの権利を行使のためのツールである、と考えることもできるのです。

健康保険証の廃止について

 では、なぜこれが保険証になったり運転免許証になったりするのでしょうか。ここまでの説明から、本人確認書類としてのマイナンバーカードがその都度個々の資格証明書類になるわけではないということは容易に理解できると思います。正確に言えば、マイナンバーカードは保険証にも運転免許証にもなりません。少し長くなりましたので、この点に関する解説は次回に回したいと思います。合わせて、保険証廃止に至る経緯をたどりながら、公共サービスのデジタルトランスフォーメーションの在り方について検討したいと思います。