事例・対談でわかる
社会問題の解決アプローチ

合理的根拠に基づいた政策立案(EBPM)の取組事例と課題

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 政府は、明確な政策目的のもと合理的根拠に基づいて政策立案を行う「EBPM(Evidence-based policy making)」を推進しています。EBPMの導入により、データや調査結果などに基づき最も効果的な施策を判断し、その政策が必要な理由や根拠を明確に示すことができます。また、何を達成すれば成功かの指標を明確にすることで政策のPDCAサイクルをまわし政策の精度を高めることができます。一方で、EBPMが「形だけ」になりがち、事前評価の困難さ、政策導入後の軌道修正の停滞といった課題もあります。
 本記事では、府省におけるEBPMの取組事例、EBPM推進における課題、そして海外事例に基づく課題の解決策について解説します。

制度的枠組みの整備

 日本政府は経済・財政?体改?の着実な推進に向け、明確な政策目的のもと合理的根拠に基づいて政策立案を行う「EBPM(Evidence-based policy making)」を推進しており、内閣官房や総務省が中心となりEBPMガイドブックやEBPMの手法を用いた行政事業レビューの仕組み等を整備しています。
 
 EBPMの取り組みは、2016年12月に決定された「統計改革の基本方針」によりEBPM推進体制の構築を第1議題とする統計改革推進会議(注1)が創設されたことがきっかけで、2017年の「統計改革推進会議 最終とりまとめ」でEBPM推進の必要性が明記されました。これにより、EBPMを政策形成に取り入れる方針が明確化され、各府省により政策形成にEBPMが取り入れられています。

(注1)統計改革推進会議、https://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11349030/www.kantei.go.jp/jp/singi/toukeikaikaku/

 EBPMに取り組むためのツールとして現在、政策に関するデータを可視化し政策立案や評価を支援するための「政策ダッシュボード」やEBPMの手法を用いて行政事業レビューシートを作成するための「レビューシートシステム(RSシステム)」などが導入されています。また、「行政事業レビューシート作成ガイドブック」も整備されています(注2)。

(注2)「行政事業レビューシート作成ガイドブック~EBPMの手法を用いた行政事業レビューの効果的な実施に向けて~ Ver.1.2」令和7年3月31日、内閣官房行政改革推進本部事務局、https://www.gyoukaku.go.jp/review/img/R07sakusei-guidebook_ver1-2.pdf

府省の取組事例

経済産業省:大規模事業EBPM

 経産省では、経済・社会に対して特に影響の大きい大規模予算事業において「事前検証シナリオ」や「効果検証シナリオ」を策定し、EBPMを実践する仕組みを導入しています(注3)。2022年4月に発足したRIETI EBPMセンター(RIETI:経済産業研究所)との連携によるレビューも行われています。

(注3)経済産業省 大規模事業EBPM、https://www.meti.go.jp/policy/policy_management/ebpm/kensyo_shinario/index.html

 直近では2025年3月31日、経済産業省により、中小企業省力化投資補助事業、中小企業成長加速化補助金、中堅・中小企業の賃上げに向けた省力化等の大規模成長投資補助金、鉱物サプライチェーン多角化・安定化事業、グローバルサウス未来志向型共創等事業、宇宙戦略基金事業、量子コンピュータの産業化に向けた開発の加速事業、クリーンエネルギー自動車の普及促進に向けた充電・充てんインフラ事業の合計8事業について検証シナリオが公表され、RIETI EBPMセンターは同センターのアドバイザリー・ボードメンバーの意見をまとめ経済産業省に検証シナリオに対してアドバイスを行いました(注4)。

(注4)「令和6年度補正予算事業に関する検証シナリオについてのRIETI EBPMセンターからのアドバイス」、https://www.rieti.go.jp/jp/about/activities/25042201/

グリーンイノベーション基金事業

 「グリーンイノベーション基金」は、令和2(2020)年度第3次補正予算において、経済産業省によりNEDOに2兆円(※)で造成された基金です。令和2(2020)年10月、日本政府は2050年までにカーボンニュートラルを実現することを宣言、この宣言を踏まえ、経済産業省が中心となり、関係省庁と連携して「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」が策定され、企業の野心的な挑戦を後押しすべく、2兆円※(2021年3月時点)の「グリーンイノベーション基金」がNEDOに創設されました。

※令和4年度第2次補正予算及び令和5年度当初予算においてそれぞれ3000億円、4564億円を積み増しされ、総額2兆7564億円となっている。

 グリーン成長戦略では今後成長が期待される14分野における基金事業支援対象について、成果を最大化するための仕組み及び実施体制等、各研究開発分野に共通して適用する事業実施に係る方針を「基本方針」として定め、基金事業おけるプロジェクトの組成から政策効に至るまでの経路を示したロジックモデルを構築・公表しています。


 グリーンイノベーション基金事業のロジックモデルでは短期・中期それぞれに「研究開発進捗」「国際競争力(VRIO分析等)」「民間投資誘発」のアウトカム目標を設定、また長期アウトカム目標として各プロジェクトの研究開発成功率・普及確率を踏まえたCO?削減・経済効果の期待値推計モデルを構築し(グリーンイノベーション基金事業全体の進捗状況を把握)、政策評価の考え方(検証シナリオ)を段階的に更新しています(注5)。

(注5)「グリーンイノベーション基金事業におけるアウトカムの進捗状況」2025年9月、経済産業省、https://www.meti.go.jp/policy/policy_management/ebpm/kensyo_shinario/202509_GIkikin_outcome.pdf

厚生労働省:介護現場の生産性向上

 日本社会において超高齢化と人口減少が進み、介護サービスの需要が更に高まる一方、生産年齢人口が急速に減少していくことが見込まれており、2040年には約57万人の介護職員が新たに必要になると試算されています。この課題に対応するため厚生労働省は、限られた人数での専門性の高い介護サービス提供を目指して、介護現場における生産性向上の取り組みを進めています。そして、「一人でも多くの利用者に質の高いケアを届ける」という介護現場の価値を重視して介護サービスの生産性向上を「介護の価値を高めること」と定義しています。
 
 介護分野における生産性向上のため、ICTや介護ロボット等のテクノロジーを活用した業務の改善や効率化により生み出した時間を直接的な介護ケアの業務に充てることで「介護人材の定着」「介護サービスの質の向上」を目指すロジックモデルを構築しています。そして、生産性向上のための主要指標が定められ、主要な施設別の生産性向上加算状況や、ICT・介護ロボット等の導入状況やケアプランデータ連携システムの導入状況等を都道府県別に把握できるようになっています(注6)。

(注6)「介護現場の生産性向上に関するダッシュボード」、https://www.digital.go.jp/resources/govdashboard/nursing-care-productivity

EBPM推進における課題

形式化・目的化の問題

 政府は2016年以降、EBPM導入推進のための制度整備を進めてきました。たとえば経済産業省の事例のように大規模事業においてEBPMが取り入れられて、政策運営に反映されてきてはいますが、組織全体としての運用はまだ途上です。また、「ロジックモデル作りや指標設定が目的化・作業化している」「適切な指標の設定ができない、政策の改善につながっていない」といった問題が指摘されており、EBPMが「形だけ」になりがちで実質的な政策効果が出ていない、政策効果の検証が不十分であると言えるでしょう。

事前評価の困難さと軌道修正の停滞

 「事前評価の困難さ」と「政策導入後の軌道修正の停滞」も課題です。国の政策、とりわけ大規模なインフラ整備や社会保障制度の抜本的改革、最先端技術への投資などは、その性質上「一点物(One-off)」であり、無作為化比較試験(RCT)のような標準的な実験的手法を事前に適用することが極めて難しいと考えられます。さらに、一度法制化され予算が配分された政策は、たとえ事後のデータが期待された成果を上げていないことを示唆していても、政治的・行政的な慣性により、柔軟に方針を転換することが困難であるという実態があります。

海外事例に基づく解決策

EBPMの形骸化を防ぐガバナンスと制度設計

 EBPMが機能しない主な原因は、エビデンスを提供する側と利用する側の間にギャップがあることです。政策担当者はエビデンスを予算獲得の道具として使い、評価者は学術的厳密さだけを重視すると、実務から乖離します。諸外国では、独立した評価機関、法的義務による学習アジェンダ、行政官のインセンティブ改革によってこの問題の解決を図っています。

事例① 英国の「What Works Network(WWN)」

 2013年創設のWWNは、政策領域ごとに独立したセンターを設け、エビデンスの供給と需要調整しています。IMPACT原則(独立性、方法的厳格性、実用性、能力構築、透明性)に従って品質と実用性を保証し、評価タスクフォースが主要プロジェクトの評価を管理しています(注7,8)。

事例② 米国の「Evidence Act」

 2018年に制定されたEvidence Actは、データに基づく意思決定を制度化した法律です。各省庁に「学習アジェンダ」策定や評価官設置、データの原則公開を義務付け、EBPMを組織的な学習と改善のプロセスへ進化させました(注9,10)。

事例③ 豪州の「行政官のインセンティブと組織文化」

 豪州の事例では、監査官に集中訓練を行い、実態を見極める専門性を強化しました。評価結果を公開して改善を促す一方、優良機関には監査間隔を柔軟化する等の動機付けを行い、形骸化を防ぎつつ組織の自律的な改善を促しています(注11)。

(注7)What Works Network(WWN)公式サイト(ガイダンス)、https://www.gov.uk/guidance/what-works-network
(注8)最新戦略文書(2023年)、https://www.gov.uk/government/publications/the-what-works-network-strategy
(注9)公式ポータル(Evaluation.gov)、https://www.evaluation.gov/about/
(注10)国務省の実施事例(Learning Agenda等):https://www.state.gov/evidence-evaluation-and-learning
(注11)監査官トレーニングと柔軟な監査制度に関する研究、https://www.researchgate.net/publication/250152446_The_Identification_of_Best_Practice_in_International_Quality_Assurance

政策導入後の「軌道修正」を支えるアジャイル・ガバナンス

 EBPMは、事前に正解を予測することよりも、データから間違いを早く修正することが目的です。しかし、従来の行政の予算や法制度は修正を前提としていません。海外では政策形成をアジャイル化し、柔軟な予算策定や制度改正を実現する取り組みをしています。

事例① アジャイル・ポリシーメイキングの実践

 英国労働年金省(DWP)では、アジャイル手法を政策立案に導入しています。完璧な政策を一度につくるのではなく、最小限の政策やプロトタイプを示し、フィードバックをもとに改善する方法です。ウォーターフォール型より短期間で成果や失敗を確認でき、迅速に情報共有と意思決定を行います。優先順位も柔軟に調整し、継続的に評価と学習を繰り返します(注12)。

事例② サンセット条項と事後監視(PLS)による制度的強制力

 サンセット条項は、一定期間後に法律や規定が自動的に終了する仕組みです。継続にはエビデンスに基づく再審査が必要となり、更新には議会での真摯な議論や独立評価者の報告が求められます。政策の効果を示すデータを提出する責任は継続を希望する側にあります。また、修正や廃止など柔軟な選択肢も含まれます。サンセット条項は通常政策にも定期的な有効性の検証に活用でき、EBPMを政策サイクルに組み込むことが可能となります(注13)。

(注12)DWP Digital 公式ブログ記事、https://dwpdigital.blog.gov.uk/2017/09/29/using-agile-in-policy-making/
(注13)サンセット条項と事後監視(PLS)に関する専門報告書、https://www.wfd.org/sites/default/files/2022-01/2022-01-18%20PLS%20sunset%20clauses%20-%20final.pdf



 EBPM導入にあたって、実際に政策の効果があったかなかったかを判断し軌道修正していく、アジャイルな姿勢で取り組むことが期待されます。