
前編では、自治体がいま抱える課題や四條畷市副市長時代の取り組みについてご紹介いただきます。
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林・小野 有理
(はやし・おの ゆうり)2003年に(株)リクルートに入社後、住宅メディア事業の営業、企画、編集などを経て、2009年に『SUUMOマガジン』編集長に着任。業務の傍ら、全国の住宅・不動産市場に関する講演やメディア出演、研究活動を経て、2013年に退職。
その後はリノベーションまちづくりの分野において、社団法人の事務局や事例紹介サイトの立ち上げ、講師や研究活動等に従事。2017年10月、全国公募を経て大阪府四條畷市の初の女性副市長に着任。働き方改革を柱とした前例主義に縛られない「日本一前向きな市役所」をめざして組織改革に取り組んだ。日経ウーマンオブザイヤー2020受賞。2021年9月、任期満了にて四條畷市副市長を退任。
現在は、有理舎 主宰(地域づくりの研究や、 自治体の組織活性・人材育成を支援) 、株式会社エン・ジャパン 社外取締役 、公共R不動産 シニアディレクター 、自治体改善マネジメント研究会 副理事⻑、自治体の人的資本経営を目指す会 発起人代表、鎌倉市 人材育成アドバイザー、渋谷区 スマートシティ推進機構フェロー 、有限会社知人社 取締役社⻑ -
古見 彰里
(こみ あきのり)大手コンサルティングファームのパブリックセクターチームにて公共機関向けコンサルティングおよびプロジェクトマネジメントを多数経験。自治体向けサービスの統括を行う中で、地方の活性化を強く志向。
その後、開発センターを北海道で立上げ。2010年にグラビス・アーキテクツ株式会社を設立。公共機関や地方の中堅企業向けにテクノロジーを活用したコンサルティングを展開。
自治体のいま
自治体職員の質と市民の暮らしの質は直結する
古見
さっそくですが、現在は自治体とどのように関わっていらっしゃいますか。
林・小野さま
基本的には組織活性のアドバイザーです。例えば廃校や公園の再開発を、官民連携でどうすすめるか、というプロジェクトのアドバイザリーなどもしています。あとは国交省で委員を務めています。
古見
自治体が持つインフラや資産の老朽化に対する打ち手がなかなかないと感じています。
林・小野さま
今自治体で一番不足しているのは、ハード整備に対応できる方々です。高度経済成長期に建てられた設備や施設が、今や50年、60年、70年ぐらい経っていて、一斉にやり直しの状態です。
どれをやめるのかという判断や、それらを住民の方とすすめるには、大変時間がかかります。その間の維持や、使い直すにしても誰がハンドリングするのか。課題も山積みです。
古見
2040年に向けて高齢者の絶対数のピークが来ますよね。団塊ジュニアの世代が65歳になる時期です。その人口のボリュームゾーンが年を取って高齢者になるタイミングで、福祉も含めて公共サービスの需要が増える。
片や、生産年齢人口の減少に伴い職員数も減少します。退職者も増えており、この10年で退職者が2.2倍になったという記事も出ていました。特に20代30代が辞めていく。このギャップをどう埋めていくかがテーマです。
林・小野さま
とある自治体の部長の皆さんに向けて研修を定期的に行っていますが、生き抜かなきゃいけないよね、と話しています。特に自治体職員の質は、市民の暮らしの質に直結します。これはコロナ対応のときに実感しました。フロントの職員含めて、全方位の職員の質を上げておかないと住民サービスは今後維持できません。
古見
公共サービスの需要の増加は定量的に見えない。供給維持の方法を考えると、もう少し、属性で分ける必要があります。
職員の方がされることは、これまでとこれからどう違うのか、という問題と公共サービス全体を職員だけでなく民間の人たちも含めて維持する仕組みを作っていく問題と、そしてもう一つはDXです。DXはよく話題になりますが、結局それをコントロールするのは人ですよね。
林・小野さま
その3点をどう組み合わせて自分の地域に対応させるかが重要です。どこからスタートするか、トップが決めなければいけない。
自治体は住民の声を受けて首長が4年ごとに変わります。私がフォーカスしていることは、自治体の職員・組織がそれをどう受け止めて担保するかです。
首長は変わることを前提に、副首長以下が改革をどのように作るか。彼ら自身が経営ボードや幹部層をしっかり作らなければいけないというのが私の持論です。
自治体を中から変える
スキルは採用や育成、評価の仕組みで変えることができる
古見
手段の選択は、目的を考えた上で問題発見と問題解決ができないと難しい。現場の職員と接して感じる課題感はありますか?
林・小野さま
中間管理職の上層部は、そのようなことを教えられていない方々がいらっしゃり、また採用指標や評価項目も、ホスピタリティや、市民のクレームに対応するメンタルの強さでした。そういう方々を採用して国から通達が来る計画や、団体からの年に一度の要望を聞いて計画を作ることを、ずっと市役所でやってきた。これから2040年やもっと先の時代に向けて、チャレンジスキルや本質的なものを探しに行く力、市民に紛れ込んで肌感や匂いを感じる力が求められます。そういう方々をどうやって採用し、評価するか。採用の評価点を変え、次のモデルとして評価することが今後必要です。
四條畷はそのトライアルを4年間やってきました。結果的にそういうスキルが高い方々、特に民間企業出身者が多くなりました。今では職員の25.4%が民間出身です。
古見
職員の方の役割が変わる中で、四條畷市や今も行われている職員の方々に向けた取り組みを教えていただけますか。
林・小野さま
大前提として、経営戦略として「市としてどこを目指すか」が決まっていないと組織や人は作れないと思っています。四條畷は、市長がつくりたい世界もスピードも決まっていました。
取組としては大きな三つの軸でした。
まずは幹部職員、部長級に対しては経営ボードという理念の定着をひたすらやりました。今まではトップダウンを受けとめることでしたが、市長が掲げたものを任期4年という範囲で、どう達成するか、という意識に改革することをすすめました。逆に一般職員のボリューム層は25%ぐらいまで民間出身の方を入れることで雰囲気を変えようとしました。
最後に、ミドルマネジメント層は負荷の軽減です。
1年に1回、四條畷市のホームページでは、マネージャーが戦略に対する課題と、この課題に取り組んでくれる人を募集します。本来は自分たちでやらなければと思っていることに仲間を増やすことを仕組み化しました。
もう一つはエンゲージメントサーベイの導入です。各部署で業務内容は違いますし、フロントに出ている職員に対するマネジメントのやり方がわからないという状況に直面していました。マネージャーとして育てられていないのです。
まず現状をどう把握するべきなのか、全ての部署でサーベイ調査を取り、そこに対して一定の部長級が育成やマネジメントに関与する仕組みを作ることで、ミドルマネジメント層の負荷の低減をすすめました。
組織状況を可視化するダッシュボード化にも取り組みました。部長は従来、課長の報告を持ってトップに報告し、細かいことは課長から話します、としていました。我々は部長自身がマネジメント機能を持てるよう、残業時間や予算の執行状況、SNSのインプレッション数などを見える化しました。残業しているメンバーがいることも部長に委ねることができますから、課長の負担を減らすことができます。
古見
部長は、課長に報告させることが仕事じゃない。マネジメント層がリーダーシップを持って自分の言葉で語る。これだけで雰囲気が変わりますよね。
林・小野さま
着任当時は市長や私からの「何がしたいんだ、ゴールは何で、いつまでに何をどうするんだ」という質問に対して「計画上こうだからです」という回答が多くありましたが、今ではバンバン改革案が出てきているようです。
これは単なる1事例ですが、採用や育成、評価の仕組みで職員のスキルを変えることはできるという感覚はあります。
肝は、マインドを管理から経営に変えられるか、です。
こうした組織改革は経営方針と一体化していないと意味をなしません。私たちはそれを、職員のモチベーション数値の到達点をKPIに置く。職員が力を合わせることがスタート、それが信頼される行政になる。信頼される行政になったら住みたい、住み続けたい街になる、そうすると財政構造がうまく回る。それができると信頼される行政としての投資がうまくできる。スタートは職員、という立場です。これらに対してあなたは来年何をするのか?をフォーマットで書いてもらいます。それに対して予算をどうつけるか。今までの考え方と逆ですね。
古見
方や現場では25.4%が民間出身とのことですが、彼らが行政の中で定着、バリューを出せるための組織としての工夫はありますか。
林・小野さま
組織が、彼らをどう受け止められるかに近いです。組織自体の変革はもちろん、最初に「この組織に根づいていい」と感じてもらうことが重要だと思っています。
具体的には、入所後に市長の世界観を伝えて、私がその市長の目指す世界に対してすすめていること、こういうことが生まれているから、あなたはここに入る、ということを話します。その後、通常の研修があって、1週間、2週間、1ヶ月、3ヶ月と私と個人面談の場を作りました。民間出身者同士の方が、ずれが言いやすいんです。副市長が直接やることもバリューかもしれません。何かあれば、必ず解決することを約束します。その場で判断できないものは、期限を決めて必ず解決することを担保しています。
あとはその方々が毎日どんな心境にあるかを出してくれるツールを使いました。1週間雨マーク、みたいなことがあれば即座に対応する。とにかく気持ちを切り離さない、そこが非常に大事です。
古見
行政に限らず、新しく入ってきた人たちにどれだけコミットできるかが、その人にとっての安心感に繋がりますよね。
林・小野さま
特に当事者意識が強い方々は、何の改革に参画できるか、どの世界を作るために私はここにいるのかとの繋がりを重視する方々です。トップがこの部分のケアをすることが、大事だと思っています。
古見
幹部層が持つべきマインドセットや行動特性、コンピテンシーのようなものを変化させる、またミドルが自分の言葉で目指す組織に対する宣言ができるよう、マネジメント力を強化する、さらに民間出身者の採用にあたっては受け入れてあげるための組織としてのあり方をトップがコミットしていく。まさに全方位ですね。
後編では、自治体版人的資本経営として、経営戦略と人事戦略のつながりや副首長に求められる視点についてご紹介いただきます。