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日経グローカル連載記事
DXを生かす自治体経営 第5回
『標準化は住民生活向上の手段 デジタル活用で業務見直しも』

自治体標準化に取り組む人の画像

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地方創生・地域経営専門誌『日経グローカル』2023年10月16日号より、GLAVISグループおよびグラビス・アーキテクツ代表・古見が連載をスタートしました。本稿では「DXを生かす自治体経営」をテーマとして、6回の連載を予定しています。
第5回では、デジタル活用・DXに対する思考方法として、自治体が進めている標準化の取り組みに対する考えと出口、DXの本来の思考法について解説しています。
※本記事は日経グローカル(2024年2月19日号)に掲載された記事を転載しています。

 連載第1回「公共サービスを取り巻く環境」で述べた通り、公共サービスの需要が高まる一方で、その主たる担い手である行政機関(自治体)の供給力が下がるという構造は避けられない。公共サービスを維持するためには、自治体の業務はビジネス・プロセス・アウトソーシング(BPO)を通じて地域企業に分散し軽減を図ることと並行して、デジタルの活用で効率化することが大切だ。

 自治体におけるデジタル活用は、住民サービスの向上や官民連携を促すなどの外部施策としてのデジタルと、事務の効率性を高めるために行う内部施策としてのデジタルの2種類が存在する。

 外部施策については、住民や企業との様々な接点でのデジタルサービス化はいくつか出始めているが、進んでいるとは言い難い。

標準化で自治体DXが完了するわけではない

 内部施策については、2025年に期限を迎える基幹系20業務の標準化が大きなテーマになっている。デジタル活用を伴う改革(デジタルトランスフォーメーション=DX)は、限定的な対象業務システムを標準化すれば自治体のDXが完了するわけではない。業務とシステムの目的はサービス向上による住民生活の向上や安全・安心な住環境を確保することへの貢献だ。標準化は、そのための手段であり、自治体の業務を不断に変えていくことに他ならない。

 現在、各自治体は25年の稼働を目標に、住民記録や税、福祉などの20業務を標準化の対象として準備を進めている。各自治体で別々に行われている業務のありようを統一的な考え方の下で整理し、業務とシステムの最善の方法を標準仕様として定義し、各自治体がそれに沿って業務を行うことで、自治体間が連携を進めやすくなったり、国による様々な統計情報の取得やデータの再利用が容易になったりする効果が期待されている。

 標準化の取り組みには課題も多く、過去に筆者がSNS(交流サイト)で課題を提起したところ、批判を含む多くの反応があった。主な問いを表に示した。標準化はデジタルの重要政策であり、ぜひ進めるべきだと考えている。そのうえで、課題は明確にして解消していく必要がある。

【自治体業務の標準化に対する主な問い】

・コスト削減は本当に可能か
・期限設定はどのような根拠か。期限は適切か。更改ごとではだめか
・標準化により自治体サービスのサービスレベルは向上するのか。自治体固有の外付けシステムなどとの連携を考えた際にかえってサービスレベルダウンにならないか
・全国一律の取り組みで事業者側のリソース枯渇の可能性は考慮されているのか
・ガバメントクラウド上のサービス提供事業者の既得権益化、ベンダーロックインはないのか
・ガバメントクラウドにサービスを乗せられない中小ベンダーや地域自治体をクライアントにする地方ベンダーの仕事が減る可能性があり、その産業構造変化に対する措置や着地は考えられているか
・一部のインフラ(クラウド)を外資に依存することにより継続性のリスクはないか(具体的にはデータ保全、地政リスク、為替リスク、安全保障)
・特に為替リスク(今は円安)によるコスト増加はどのように吸収するか
・自治体職員の地域個別課題に対する創意工夫の余地やリソース、能力向上の意欲を削がないか

事業の継続とそのための代替手段を考えておく

 特に懸念しているのは、25年が差し迫り、自治体にリスクに対する構えができているかどうかだ。全国の自治体が同時に標準化対応と、政府・自治体システムの共同基盤「ガバメントクラウド(政府クラウド)」へ移行する。実務面で支援するのはシステムベンダー(開発業者)だが、そのシステムベンダーもリソース(資源)が不足しており、全国同時サポートは困難になる可能性がある点は強調しておきたい。

 しかもアプリケーション(応用ソフト)がクラウド上に存在するため、アプリ、インフラ両面のプレイヤーが異なる。情報がうまく伝わらず、責任の所在もあいまいになりがちだ。標準化対象業務は住民記録や税などのいわゆる基幹業務で、自治体サービスの品質に直結する。業務とシステムの両面で事業継続のための代替手段を考えておくべきだ。

データを中心に業務システムを検討

 標準化における取り組みの一つの出口として、データの標準化がある。少し古い話になるが、業務とシステムの最適化を目指すEA(エンタープライズアーキテクチャ)の概念に中には、ビジネス、データ、サービス、テクノロジーの4つのアーキテクチャがある。このうち資産寿命が最も長いのはデータアーキテクチャだ。業務は法律により、サービスやテクノロジーは技術の変遷によって変わるが、データだけはほぼ不変だ。そのため、データを中心に考え、検討することが長い目で見た業務システムのあり方ではないか。

 現実の自治体では、組織の縦割りに合わせてデータが縦割りで存在する例が多く、各業務でのデータの再利用性は低いのが実状だ。児童相談所の場合、相談を受けた世帯の様々な属性情報を自治体の他の部署から取得するのに時間がかかる。虐待につながるケースでは、その世帯の様々な情報からシグナルが出ているという。例えば、ひとり親か、生活保護か、DVの有無、国保の滞納有無などだ。これらの情報は児童相談所ではなく基幹系業務の所管だ。個人情報ということもあり、児童相談所による情報取得に時間がかかっている。

 こうしたケースを予防するため、基本データを自治体内で再利用できるように制度面も含めて検討するべきだ。その前提として、基幹業務システムのデータの標準化は非常に重要だ。

 DXの基本は「目的と手段」にある。目的を明確にして手段を柔軟に再構成することだ。例えば、生活保護に関する業務では、自治体職員は生活保護を認定した家庭をケアし、見守っていく必要がある。職員は各家庭を訪問するなど、外回りの業務を行うことも多い。記録や報告は役所に戻ってからデータを入力することになるのだが、これらは訪問先で直接入力した方が明らかに効率的だ。

 今後は人工知能(AI)を活用して音声記録からレポート作成までを自動で行うことも可能になるだろう。そうなれば、自治体の総合行政ネットワーク(LGWAN)などの閉鎖ネットワークではなく、クラウドサービスなどを一部利用することなどが求められる。これがインフラの業務特性に合わせて柔軟にサービスを展開するということだ。重要なのは業務遂行であり、それを目的として手段となるサービスやインフラを検討する、という順序でデジタルを考えることが大切になる。

 外回り業務はクラウドサービスを利用した方がよいということになれば、外回り業務を行う生活保護以外の業務にも適用できるかもしれない、と仮説を立てることができる。これが特性で捉えるということだ。自治体の仕事は法的根拠から構成されている背景があり、業務を横串、かつ特性で捉えることができていない。この横串機能こそ、最近各自治体で設置されつつあるデジタル部門の大きな目標の一つだといえる。
 
 今回は、デジタル活用・DXに対する思考方法として、自治体が進めている標準化の取り組みに対する考えと出口、DXの本来の思考法について解説した。標準化は重要だが、本当に公共サービスに役立つDXを実現するための前提を整えるにすぎない。その先に本当のサービス向上への取り組みが始まる。先を見据えて、デジタルについて考えていくべきだろう。