
海外の自治体ではどのような人材マネジメントが行われているか、リベラルアーツの必要性は、など幅広いお話を伺っています。
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山中 俊之
(やまなか としゆき)外務省では、エジプトなど各国へ赴任。外務本省では対中東外交、地球環境問題などを担当、首相通訳(アラビア語)や国連総会を経験する。その後、日本総合研究所入社。組織人材コンサルタントとして、200団体以上に関わり、3万人以上に研修を実施。グローバルリーダーシップの研鑽を積み、リーダー人材の育成の重要性を再認識、企業・行政の経営幹部・リーダー育成を目的とした株式会社グローバルダイナミクスを設立。世界97カ国を訪問し、先端企業から貧民街・農村、博物館・美術館を徹底視察。グローバル展開するスタートアップを支援。経営幹部向け研修ではリベラルアーツ・世界情勢とビジネスを核としたファシリテーターを多数実施。COVID-19(新型コロナ)の国内対応等を通して、改めて「地域創生」「自治体の再生」をライフワークの一つに位置づけ東奔西走中。長崎市政策顧問、大阪市特別顧問も務める。
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古見 彰里
(こみ あきのり)大手コンサルティングファームのパブリックセクターチームにて公共機関向けコンサルティングおよびプロジェクトマネジメントを多数経験。自治体向けサービスの統括を行う中で、地方の活性化を強く志向。
その後、開発センターを北海道で立上げ。2010年にグラビス・アーキテクツ株式会社を設立。公共機関や地方の中堅企業向けにテクノロジーを活用したコンサルティングを展開。
活力ある自治体に必要な組織風土や文化は?
古見
特にコロナ禍において、山中さんも色々なことをお感じになられたとお聞きしました。その点についての経緯や思いを、まずは組織という観点からお話いただけますか。
山中さま
コロナは、自治体はもちろん、一般住民の方まで大きな影響がありました。その結果、多くの人が自治体や行政の重要性・大きさを感じたと思います。どの自治体でどんな対応をしているか、どれだけ感染者が出ているか、緊急事態宣言を受けてどこまで何ができるのか、これだけ個人が一所懸命調べて行政の発言に合わせなきゃいけないことは、これまでなかったと思うんです。
同時に渦中では、保健師さんをはじめ、ものすごく大変な対応を職員の方がやっていました。その方たちがしっかりと対応するかしないか、できるかできないかによって、住民が非常に大きな影響を受けることも痛感したと思います。
コロナを経て改めて、行政、自治体の皆さんの社会での重要性を認識し、かつそういう行政を作っていかなければいけない、そういう組織・人材にしないといけないと感じています。
古見
大賛成です。私が行政の方々と関わる中で感じていることがあります。実はすごく大変な、住民にとって影響も重要度も高いお仕事をされているものの、あまり正しい言葉かどうかわからないのですが…やりがいを感じにくかったり、住民からのリスペクトが足りなかったり。また、若手の流出問題もあります。行政の中の人たちの元気がなくなってきているような気がしていて。
山中さま
民間企業であれば、ある程度の成果を上げれば多くの方に褒められたり、社長から賞がもらえたり、昇格・昇給が非常に実感できる形であります。行政の場合はある意味「できて当たり前、できないと怒られる」ことが内部的にも多いし、住民との関係もそういう側面があります。
やはり「褒める文化」を行政でも自治体でも作っていく必要があります。一朝一夕ではできませんが、上の人はそういうことを意識して実践し、研修でも重要性を周知する。またそこができるような人を育てていく必要があります。あとは住民も「できていない」と言うだけではなく、リスペクトや感謝を持つ必要がありますね。
古見
マネジメントとのストローク、住民とのストロークを増やしていくことだと思うのですが、山中さんは研修等の中で具体的にどのようなメッセージを出されていますか。
山中さま
「コロナ以降は、社会における自治体あるいは職員の方の重要性が変わりましたね」と、まず申し上げています。リーダーシップや政策立案につながるような議論をしてもらうことが多いのですが、やはりコロナ前と後でこんなことが変わりましたね、というようなことを出して、それについて議論をしてもらいます。それに加えて皆さんの発想で新しい政策を作ってもらうことをよくやっています。
古見
その辺りの空気感を作っていくためにも、行政の中でのリーダー、首長さんもそうですし副市長さん、幹部の方々のリーダーシップが非常に重要だと思いますがこういうところを工夫・改善した方がよい、と思うところがあれば教えていただきたいです。
山中さま
幹部の方様々ですし、いろんな経歴の方がいらっしゃるので一概にこうだとは言い切れません。ただやはり、幹部の方であればあるほど、外のいろんな実態、空気感を十分に分かりかつ、それをもとに判断してマネジメントをしてもらうことが重要だと思います。
古見
「外」とは、海外もそうでしょうし、日本でも他の自治体や民間企業を指すと言うイメージですか。
山中さま
やっぱり世界の事例ですね。世界の事例をできる限り肌感覚でわかって、いいものを実践することは非常に大事かと思います。
古見
行政の方は海外に直接行くことが難しいことも多いと思います。山中さんは、海外の空気感も含めて伝達していくことをライフワークとされているかと思うのですが、お伝えの仕方としてどのような工夫をされていますか。
山中さま
例えば、私は愛知県豊田市で研修講師をしていますが、そこでは世界の事例を英語で調べる事にも取り組んでいます。世界のトヨタですから、市役所もそれに合わせることは普通の話です。
また長崎市では、コロナ渦で一度ストップした海外での研修派遣を再開しようとしています。多くの派遣は難しいかもしれませんが、この人は、という職員を選抜して海外を見てもらう経験はすごく大事だと思います。
古見
世界のいろんな現場を見ることが大事だと。具体的にどういう部分を持ち帰ってもらうと良いとお考えですか。
山中さま
人材マネジメントという仕組みであれば、海外の人材マネジメントの実態を知ることも大きな意味があります。例えば、日本では新卒の一括採用、かつローテーションが多いですが、海外は新卒の一括採用ではないことに加えて、異動があまりありません。
古見
それは自治体の中でもですか。
山中さま
自治体でもです。例えば、大学時代に福祉の分野で何かの学士号(バチェラー)を取っていると基本的にはその分野に入って、その分野での昇格になります。昇格に伴う役割の拡大や若干のジョブの変更はあるけれども全く違う部署に異動することはないですね。
活力ある自治体に必要な人材マネジメントや制度は?
古見
ジョブ型とメンバーシップ型という具体的な人事制度の話に入ってくるかと思います。日本でも民間企業はジョブ型へのスイッチが始まっていますが、行政や自治体もジョブ型に移行していくべきだとお考えですか。
山中さま
どちらかと言うと、そう思います。時代が激変する中で、本当の専門性が必要だと思うからです。
例えば感染症対策などにおける全世界の先進事例が分かっていることは、専門性の一つです。世界の事例やWHOの発言などは、経年的な知識が入っているくらいの専門性が必要だと思います。保健師の方は感染症対策に関わるさまざまな重要な知識をお持ちです。ただ、それらに関して政策を判断する立場の方が異動でいきなり来て「WHOってこんなことやっているのですね」ではとても務まりません。
古見
海外のようなジョブ型に移行しようとすると「ジョブの定義」をきっちりやっていく組織側の取り組みも重要だと思うのですが、海外で特徴的な事例はありますか。
山中さま
ぜひともアメリカでもイギリスでも、リクルートメント(採用)のページを開いていて、いろんなジョブ(職務)を見てほしいですね。A4用紙1枚か、それ以上のジョブの中身と満たすべき要件が細かく書いています。
古見
我々もコンサルティングの仕事をしていると、ジョブディスクリプション(仕事の定義)はすごく重要で、職位に対して具体的に求める行動を書きます。それと同じようなものが、海外だと行政の中でも普通に行われているんですね。
山中さま
例えばアメリカでは、特定のポストが空くと新聞広告などで公募をします。内部昇格もありえますが、外から応募した人と、内部から手を挙げた人が同じ土俵で採用の対象になることはあります。
古見
海外の行政では仕事の定義がかなり明確にされていて、そこに対して人をちゃんとアプライしてくる状態ができていると。
私も行政、特に自治体の方々が今後求められるスキルは2種類だと思っています。一つはやはり専門人材です。もう一つは問題解決やプロジェクトマネジメントができる人材です。自治体はさまざまな分野で、外部からきた任期付きの職員が専門家として仕事をしています。ただコア業務は外部の専門家、ノンコアの事務作業を内部職員がするという点を改善させることがとても重要だと考えています。この辺りについての課題感や手立てなど、なにかお考えはありますか。
山中さま
最先端のDX事例のような専門業務を委託すること自体はいいと思います。ただやはり、それらを内部で判断できるような、専門性のある人材がいないとDXもうまくいきません。
土木で起きている事象としては、従来は土木の修士号を持ち自分で設計までできる方も多かったのが、今は委託、委託、委託で土木全体の力が落ちてきて様々な課題が生じている、という見方も一部あります。そうならないようにするためには、やはり役所内部に専門性を蓄積していくような育て方はもちろん、自己投資も必要ですね。
古見
今は完全にメンバーシップ型だと思いますが、時代に沿ってジョブ型が少しずつ増えていくと思っています。その時に例えば賃金の問題もあるし、採用の問題もある。いわゆるリボルビングドア化していくような文化や制度も作らなければいけない。この辺りも必要だと思われますか。
山中さま
必要だと思います。外部人材として採用された方や採用に立ち合った人事の方、あるいは採用されたけど結果的にやめていく方など、たくさんの方にインタビューをさせてもらっています。結論的に外部から専門人材を取った場合は、その人を活かしきるような組織マネジメントの仕組みがないと、誰もが不幸になります。
例えばせっかく観光振興のために入っても自分の得意じゃない仕事をあてがわれたりして、こんなはずじゃなかった、というようなこともありますしね。
古見
外部人材が幹部になっていくケースはまだ少ないので、そういうキャリアパスを制度とすることが非常に重要ですね。
長崎市や大阪市で顧問をされている中で、具体的にどんなことに取り組んでいらっしゃるかお話できる範囲で教えていただけますか。
山中さま
長崎市では行政経営を比較的全般に担当しています。組織人事の問題は非常に大きく、内部のモチベーションのあげ方もそうですし、やはり育成です。研修の仕組みなども含めて変えていくこともあります。DXも担当しています。単に効率化だけではなく、政策立案の中核に据えることで公共交通を大きく変えていく、あるいは高齢者の方、障害を持っていらっしゃる方などいろんな方の生活のレベルを上げていくということも担当しています。
大阪市は基本的に人事です。人事の仕組みをどのように運用していくかというようなことに、10年以上携わっています。
古見
DXのお話がでましたが、自治体の中で仕事をしていると、デジタルや技術を使う人たちのポジションが政策の真ん中に来ないことを感じます。もともとの成り立ちが電算係のような、帳票を出すことからスタートしていることも関係しているかもしれません。その文化がまだ自治体に残っているケースがすごくあります。それを政策の真ん中に持っていくための、組織改善やマインドセットを変えることが非常に重要だと思います。長崎市や大阪市ではどうですか。
山中さま
おっしゃる通りです。DXと言うと、ペーパーレスから始まって効率化していくというぐらいの手段の位置付けがまだまだ多いですね。手段といえば手段ですが、経営全体を変えていく大きな一つの戦略です。それを十分にわかったうえで計画を作ることができる人を幹部にするようなキャリアパスは必要です。
古見
デジタルやDXもですが、どうしてもテンプレート化されていく総合計画の中身に具体性を持たせていくためには、やはり専門人材が必要です。専門人材が育ちやすい自治体の制度というか、マネジメントの仕方として何かアイデアはおありですか。
山中さま
2つあると思っています。DXやグローバルは、それを一生のテーマだと思うぐらい、研鑽を積みながら成長していけるような人材が必要だと思うんです。その人がやはり幹部、副市長ぐらいにまでなるキャリアパスも当然必要だと思います。
ただ、そのためにはやはり、もう少し幅広い知識も必要です。例えば商社などでは、特定の分野の営業をやって、他のことも経験して社長になる、ということがありますがそれに近いと思います。そういうゼラリストとしてのDX人材は必要かなと。それはDXなどに限らず他の分野でも同じことです。
もう一つはその分野の徹底したプロフェッショナルです。いろんなスキルを持っていて、自分でどんどんコーディングもできる、しかも住民のニーズも理解しているような人材の2パターンかと思いますね。
古見
研鑽を積んでいく行為を自発的にやっていってもらうような文化そのものを作っていくことが重要だと思っています。
山中さま
重要ですね。
古見
自治体職員の方は、自身と組織と社会を切り離して考える方が比較的多いように感じますが、私はこれらを一体として考える必要性を感じています。この点において感じる課題や、手立てについて考えておられることはありますか。
山中さま
やはりローテーションが2、3年に一度あると「もうすぐ異動だな」と思ってしまいます。あなたの専門はこれで、このためにあなたは採用されて、今後はこれをやっていくと決めることが必要です。ただ、ずっと30年同じ部署ということも、やや非現実的なので、ある程度異動も一部しながら、本席はここ、というやり方が今後はあるかと思います。
外務省は、ややそれに近いです。例えば中国語のチャイナススクールの人は、中国の大使館や中国関係の部署にいることも多いですが、国連やアメリカにも行ったりします。でもやっぱりここが本家・本元ですよ、という異動の仕方をします。
何かそういった手法を自治体の中で明示的にやって、この分野は本当に専門性を高めていく、プラス幅広く政策を見るリーダーシップを養っていく。そういう人が切磋琢磨して本当にトップの人が副市長になっていく。そんなキャリアパスが必要だと思います。
古見
画一的な異動はやはり改善が必要ですね。専門性を育てる上では、本人に対してどういう期待値があって、どういうミッションを背負っているか自分なりに旗を立てさせることが重要です。
自治体経営とリベラルアーツ
古見
山中さんの場合、そのような人材を育てる中で海外における様々なリベラルアーツ的な考え方を行政に持ち込みたい、と以前お聞きしました。リベラルアーツと自治体経営という接点を今後どのように作っていこうとされているか、教えてください。
山中さま
民間企業でもリベラルアーツ研修が幹部の方を中心にどんどん広がっていて、講師としてお声がけをいただきますが、行政こそ、リベラルアーツの視点や知識が必要だと思います。なぜかというと、行政は取り扱う事が幅広いんですね。医療から教育、環境問題、それこそ困窮者の方の立場など総括的にわからないといけません。リベラルアーツ教育が必要なのは公務員の世界なのではと思います。
政策の話でいくと、少子高齢化であれば高齢者の方に対してどういう行政サービスをするかという時に、本当に突き詰めれば人間は何のために生きていくのか、などを深く考えた上で「高齢者の方がこうあるべき」や「人生はこうあるべき」という議論が必要だと思っています。環境問題もそうです。多くの自治体では山林を含む所も多いと思います。山があって、街があって、場合によっては田んぼがあって、それは何のために存在するか、深く考察していく力無くして、本当の地域創生はないんじゃないかと思っています。
古見
今、アメリカなど大企業の幹部の方々はどちらかというとMBAを卒業して帰ってきますが、トレーニングとしては美術、哲学、歴史などリベラルアーツを研修として多用していると聞きます。ある程度さまざまな事象に対処していくことは仕事として必要だけれども、その対処の方針を設定する方が、左脳的だけではなく、右脳的な道徳感や正義、社会や人は何のために生きているのかを真剣に考える力、教養みたいなものを持っているかどうかは大きな違いだと思います。
そのような人材を育てるためには、組織として取り組ませることと、本人の意識が非常に重要だと思いますが、どのように進めるべきとお考えでしょうか。
山中さま
やはりトップの方が重要性を認識することでしょうか。社会がこれだけ激変していますので、公務員こそ幅広い教養を身に着けることが重要だと思っています。もちろん民間企業でも大事なので比べる話ではありません。ただ、幅広いことを同時に扱う、というのが自治体の特徴です。そういう意味での幅広さがリベラルアーツと繋がるという意味でも、公務員にとっての重要性は非常に大きいと思います。そしてそれはやはり、トップの方が言う必要があると思うんですよね。
中小企業でも毎月課題図書を与えてそれに対するコメントをドキュメントで共有して社長もコメントを入れていくみたいな事をやっている所もありますね。
古見
私も会社でそのような勉強会を開催しています。「民主主義と資本主義はどうなのか」や逆に言うと「マルクス主義はどうなのか」などといったテーマの動画を視聴して、感想を共有すると、そもそもなぜ私がこの会社をこういう考え方でやっているのか、という価値観のすり合わせにもつながります。これは非常に大きいと思っていて、そういったことを自治体の内部でも行う事は職員の方のエンゲージメントの向上にも繋がると感じています。
最後になりますが、これからの自治体を作っていくために、行政のリーダーの方々が考えていかなきゃいけない、センターピンのようなものに対するお考えをお聞かせ頂けますか。
山中さま
月並みですが、自分と全然違う立場だったら、どう見えるだろう、という人の感情や気持ちを理解できることかなと。
障害を持たれている方は、本のページをめくることすら大変だと、芥川賞を受賞した作家の方が書いておられました。言われないと、なかなかそこまでわからなかったりしますよね。その立場に立つと見える世界が全く違ってくるのが、今の時代だと思います。ですので、そういうことを理解する気持ち、理解をするためには前提知識が必要で、それがリベラルアーツに繋がってくるのだと思います。
古見
本日はありがとうございました。