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社会問題の解決アプローチ

日経グローカル連載記事
DXを生かす自治体経営 第3回
『職員がとるべき思考や行動を定め
問題を見つけて解決する自治体に』

自治体DXのイメージ画像

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地方創生・地域経営専門誌『日経グローカル』2023年10月16日号より、GLAVISグループおよびグラビス・アーキテクツ代表・古見が連載をスタートしました。本稿では「DXを生かす自治体経営」をテーマとして、6回の連載を予定しています。
第3回では、行政職員に求められるスキルが、「手続処理型」から「問題解決・プロジェクトマネジメント型」に変化する中で、それを実現するための自治体経営に必要な人材マネジメントのあり方を解説しています。
※本記事は日経グローカル(2023年12月18日号)に掲載された記事を転載しています。

 問題発見を自ら行い、改善プロセスを実行していくには受動的な業務遂行から能動的な業務遂行が求められる。つまり自発的な提案行為などを尊重し、組織として取り込んでいく文化が必要となる。そのための個々の職員に提供すべきインセンティブ(誘因)とは何か。明確な職務に対する要求レベルの提示とゴール設定、そして日々の仕事に対する丁寧なフィードバックが必要だ。

 重要になるのは、組織の上位者が職員の育成を職務として明確に位置付け、その姿勢を前提とした丁寧なコミュニケーションだ。そうした文化を作りつつ、組織的に取り組む。ポイントは①自治体戦略の一環としての人材ポートフォリオの定義②職員個人の特性や保持しているスキル、経験、エンゲージメント(働きがい)状態の把握③人材ポートフォリオ(資産構成)におけるギャップの把握と課題整理と各種対応――の3つだ(図)。

自治体組織における人材マネジメントのあり方

ミッション、ビジョン、バリューを策定

 具体的にはまず、MVV(ミッション、ビジョン、バリュー)の策定だ。ミッションとはその自治体の存在理由や理念、ビジョンはミッションに対し将来どのような姿を志向しているか、バリューは社会や顧客(ここでは地域住民)に対してどのような価値を提供するかだ。通常、この3つの視点は総合計画などに記載されているべきだ。

 そのうえで、MVVを実現するための組織機能と業務、組織と職員がとるべき思考と行動、業務の在り方を定義する。自治体全体でのMVVに対し、個別の組織機能にもMVVを定め、同様の定義を行う。自治体は人材ポートフォリオを俯瞰的に整理し、中期的(3~5年程度)にPDCA(計画・実行・評価・改善)サイクルを回すべきだ。奈良県生駒市では、職員に求める考え方や行動、そのための人事施策を定めた「V・M・V(ビジョン・ミッション・バリュー)を軸とした人材育成基本方針」を作成している。

 次に必要なのは、職員の実態把握(モニタリング)だ。職員のスキルや業務への意欲など個人特性と組織へのエンゲージメントを把握する。問題解決・プロジェクトマネジメント型人材の育成には能動的な業務遂行が求められる。その源泉は組織に対するエンゲージメントに他ならない。

 エンゲージメントの把握は、毎年定点観測を行い、PDCAサイクルを回していくことが望ましい。熊本市は、弊社が開発した行政向けのエンゲージメントサーベイ(満足度、組織特性、個人特性属性の3分類でおおむね60ほどの調査項目)を活用し、3年間にわたって職員のエンゲージメントを調査する取り組みを始めた。

 最後に、人材ポートフォリオと職員のエンゲージメントを見比べ、職員の充足状況(ギャップ)を整理する。ギャップが職員の有無や既存職員のスキルによるものなのか、あるいは組織の機能としての不足や改善が必要なのかで対応が異なる。

 前者であれば、制度や採用、育成(研修など)、配属の見直しなどの人事的な施策が必要だ。後者であれば、組織改編や組織機能の業務改善、デジタル活用などが必要だ。ここは採用含めた人事制度の見直しが必要となる。埼玉県では上級試験・経験者試験にデジタルトランスフォーメーション(DX)枠の試験区分が新設され、かつ教養試験を行わないなど採用現場でも変化が起きている。今後、各自治体で同様の工夫が必要になるだろう。

既定の行政手続きだけでは対応が難しく

 これまでの行政では、様々な行政手続きが定められ、その処理を行う機能として、職員を当てはめてきた。つまり一番は行政手続き、二番が職員であるという思考順序だ。だが、公共サービスの需要が増える一方、行政職員減少などからサービスの供給力が減る時代が来ている。この状況では、既定の行政手続きだけでは対応できない様々な問題が出てくることが想定される。

 今後は、人工知能(AI)やロボティクスに既定の行政手続きを任せ、職員は自ら問題を見つけて分析し解決する存在でなければならない。問題解決ができる職員が先にあり、その職員が考えた行政手続きが存在する関係になってくるだろう。

 これは、ファイナンスに置き換えるとわかりやすい。これまでの職員は、既定の行政手続きの機能として損益計算書(PL)の売上原価または販管費のコストとしてイメージされてきたが、これからは生産の源泉として組織価値を生み出す貸借対照表(BS)の資産となるイメージだ。

 資産は製造業の設備投資のように継続的な投資によりその生産力を維持向上していくが、行政もこれからは職員への継続的な投資により、組織の価値の維持向上を図っていくべきだろう。人的資本経営の本質的意味はここにある。

 自治体の仕事は広範なため様々な専門人材が要る。それらのニーズに応えるためにも、一部ジョブ型雇用を明確に制度化すべきだ。全体の人材ポートフォリオを設計し直す時期に来ており、採用試験のあり方と内容についても同時に見直した方がよい。ジョブ型人材はメンバーシップ型の移動も可能なキャリア設計にしつつ、将来、人材が官民を行き来する「リボルビングドア」(回転扉)化も見据え、民間企業並みの報酬テーブルをメンバーシップ型とは分けて設計すべきだ。

人事はジョブ型とメンバーシップ型の併用を

 筆者は、従来の自治体の事務手続きはAIやロボティクス、外注化により減っていくと想像している。残るのは自治体として代替が難しい仕事となり、ジョブ型人材の担う範囲は全体として少しずつ割合を高めて行くのではないか。このことを踏まえ、中長期的には自治体の人事制度はジョブ型とメンバーシップ型の併用を前提とした統合的な制度設計を行う必要があると考えている。

 人材育成は単なる研修や形式的な職位ごとの昇格試験などではなく、職位ごとに求められる要求レベルや仕事のありようを組織側から明確に打ち出していく必要がある。人事部門だけではなく、組織全体で自治体経営の重要な課題として取り組むべきだ。民間企業と異なり、自治体は経営環境の変化によって組織が存続できなくなるなどのリスクが想定されない。10年単位で地域の将来を考え、人材育成にあたることが重要だ。