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社会問題の解決アプローチ

日経グローカル連載記事
DXを生かす自治体経営 第1回
『行政職員減でもニーズの多様化進む 企業・住民と協働で公共サービスを』

自治体DXのイメージ画像

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地方創生・地域経営専門誌『日経グローカル』2023年10月16日号より、GLAVISグループおよびグラビス・アーキテクツ代表・古見が連載をスタートしました。本稿では「DXを生かす自治体経営」をテーマとして、6回の連載を予定しています。
第1回では、公共サービスを取り巻く環境を概観し、行政組織だけがサービスを提供するのは難しくなっていくこと、デジタル化や官民連携の必要性について解説しています。
※本記事は日経グローカル(2023年10月16日号)に掲載された記事を転載しています。

人口減少が進み、技術の変化も激しい現代において、行政の役割が社会の中で非常に重要になってきている。今回から6回にわたって、現在の公共サービスを取り巻く環境を再確認しつつ、その対処法を提言していきたい。
 日本の人口は2004年の1億2784万人をピークに減少に転じ、2023年8月現在で1億2454万人だ。高齢化率は2004年の人口ピーク時で19.6%、2022年9月時点で29.1%、2050年には39.6%に達すると報告されている。高齢者を支える生産年齢人口の割合で見ると、2000年は3.9人で1人を支えていたが、2065年には1.3人で1人を支える計算になる。高齢化率が高まるということは介護、医療、生活保護などの様々な公共サービスの受給者が増える。つまり、公共サービスの需要が高まることを意味する。

セーフティーネットが希薄化

 社会の移り変わりにより、行政に求められるニーズも変化した。戦後の復興から高度経済成長期においては、東京などの都市部への人口集中と郊外のベッドタウン化が進み、核家族化が進んだ。このことで「地域によるセーフティーネット」=自治として地域を支えていたものが希薄化した。
 さらに、コンビニエンスストアなどを利用した「個食」の普及やテレビの1人1台利用などにより、家族内で各部屋にこもった生活が可能となり、「家族内のセーフティーネット」も希薄化した。1990年以降はインターネットの発展に伴い、コミュニケーションの範囲が拡大。SNS(交流サイト)も広がり、匿名でのコミュニケーションが可能となった。人間関係がバーチャル化し、「人間関係のセーフティーネット」も希薄化した。
 これらの結果、これまで地域や家族、人間関係の中で制御できていた様々な問題がブラックボックス化し、「事件」の形ではじめて顕在化するケースが増えた。そして、希薄化したセーフティーネットの代替を行政が一手に引き受けなければいけなくなってきている。人口動態のような定量的な視点からも、社会環境などの変化による定性的な視点からも社会問題が多量化、多様化していることが分かる。それは同時に、行政の担う仕事の領域が多量化、多様化していることでもある。

需要の高まりと供給体制の弱体化

 一方、過去30年を見ると行政職員は減少している。新卒採用における行政組織の人気が落ちる傾向もあり、行政組織の体制が相対的に弱まってきている。公共サービスの需要の高まりと供給体制の弱体化を無視して、これまで通りの行政運営を行うことが難しくなっている。こうした状況で公共サービスを維持するためには、行政組織だけでなく、地域の民間企業や住民などと協働で公共サービスを構成していく必要があると考える。
 公共サービスは実際にサービスを提供する「フロント業務」と、それらの実効性などを評価しながら公共サービスの需要に対して改善や企画、実行管理を行う「マネジメント業務」に大別できる。これからの公共サービスのあり方を考えると、フロント業務のうちの福祉系など対面での温かみや人間関係、信頼関係などによる温度感の必要な業務と、マネジメント業務を行政組織が担い、それ以外の手続き処理型の業務は積極的に民間企業と連携しつつ、ロボットや人工知能(AI)などのデジタル技術を活用する必要があるだろう。

問題解決のスキルが重要に

 行政が担う役割も変化していくと想定される。そうなると行政職員に求められるスキルも変わる。より重要になるのが「問題解決・プロジェクトマネジメント型スキル」だ。技術や変化の激しい現代において発生する諸問題を分析し、課題を設定し、具体的な行動計画を定め、適切に実行・マネジメントを行う。このスキルが行政職員のデファクト(事実上)の標準として求められるようになるだろう。さらに、発生した問題に対応するだけではなく、「そもそも何をやるべきか」「目指すところは何か」を考え、そこから「自ら問いを立てる」力まで持つ人材が増えることが期待される。
 民間企業や住民と共同で公共サービスを構築・維持していくには、フロント業務のDX(デジタルトランスフォーメーション)とビジネス・プロセス・アウトソーシング(BPO)は必須だろう。住民や事業者が行政に各種届け出や申請手続きをする場合、紙の書類を作り提出するのが一般的だ。手続きごとに窓口が存在し、名前など基本情報の記述が何度も求められるなど非常に手間がかかる。現在、UI(ユーザーインターフェース)やUX(ユーザー体験)の開発にたけたスタートアップなどの参入が始まっており、今後新しい市場としてサービスの開発を拡大すべきだろう。行政職員の減少や予算の効率的な活用に向けて、業務を積極的に外部に委託することが求められる。その際には、市町村で共同化することのできる業務は都道府県が集約し、それらを都道府県単位で民間企業にアウトソーシングするなど新しい発想での役割分担・業務再設計も重要になる。こうすれば市町村の業務負荷は大幅に削減できるはずだ。
 生成AIの登場で、人間の仕事をデジタルに任せられる範囲が広がった。ただ、そのためには行政が保有するデータを再利用しやすくすることが必須だ。児童相談所の業務を例にすると、相談を受けた際にその世帯情報などを取得するには他の部署に照会する必要がある。特に個人情報については、委員会などにかけて承認を得る必要があり、これではデータ活用に制約が出る。今後は、行政が保有するデータを必要な業務・タイミングで参照できるようにするなど再利用しやすくする取り組みが必要だ。

 第1回では、公共サービスを取り巻く環境を概観し、行政組織だけがサービスを提供するのは難しくなっていくことと、デジタル化や官民連携の必要性を再確認した。次回以降の頭出しとして、「行政職員や組織はどう変わっていくか」「官民連携のポイント」についても触れた。次回からは各テーマを掘り下げる予定だ。これからの行政組織、および公共サービスのあり方について関心のある方々にぜひご一読いただき、一緒に議論・推進していくきっかけとなれば幸いである。