
今回は、2022年11月に一般社団法人Govtech協会を設立、代表理事に就任した日下光様と、グラビス・アーキテクツの代表古見が、官民連携で進める行政と公共分野のデジタル化について対談を行いました。
-
日下 光
(くさか ひかる)2012年xID株式会社(クロスアイディ)を創業。2017年よりエストニアに渡り、eResidencyや政府機関のアドバイザーを務める。2019年より加賀市地方創生推進(デジタル化・スマートシティ)フェローに就任。静岡県浜松市デジタルスマートシティフェロー。
2021~2023年度総務省地域情報化アドバイザー。鎌倉市スマートシティ推進参与。茨城県日立市デジタル化推進・評価委員。一般社団法人デジタルアイデンティティ推進コンソーシアム理事。2022年11月一般社団法人Govtech協会を設立・同団体代表理事就任。 -
古見 彰里
(こみ あきのり)大手コンサルティングファームのパブリックセクターチームにて公共機関向けコンサルティングおよびプロジェクトマネジメントを多数経験。自治体向けサービスの統括を行う中で、地方の活性化を強く志向。
その後、開発センターを北海道で立上げ。2010年にグラビス・アーキテクツ株式会社を設立。公共機関や地方の中堅企業向けにテクノロジーを活用したコンサルティングを展開。
官民連携で進める行政・公共分野のデジタル化について
古見
行政が進めるデジタル化には、2つのステップがあると考えています。
1つ目は、いわゆる昔から続くOA化・システム化・デジタル化など、ユーザーが行政職員のパターン。これは行政職員が業務をしやすくなる、正確に業務を遂行できるようになるという話です。
2つ目は、真のユーザーである市民や事業者に対して、どういうサービスを届けるかということで、この点は正直まだ手付かずではないかなと。このサービス領域にGovtech企業が入っていくといいのではないかと考えています。
日下さま
従来の行政のデジタル化については、おっしゃる通りです。行政職員の業務負担軽減と、電子申請など住民の利便性の向上がつながっていませんでした。
一方で民間のサービスを見ると、いわゆるBtoBtoC、最近だとBtoBtoE(エンプロイー)のような、サービスとしてお金を払っているのは企業だけれど、実は従業員のためのサービスだというものもあります。Govtechも同じく、サービスを提供する職員もハッピー、ユーザーである住民もハッピー、という両面が成立しないといけない。ただ、今の業務のままテクノロジーだけを入れると、どこかにひずみができます。この全体設計をすることがGovtechの役割の1つだと考えています。
古見
今おっしゃられたことは、まさにGovtechの定義ですね。
実際にそういうプレイヤーが日本にはいなくて、行政は行政、民間は民間でサービスが分断されています。今のお話で改めてGovtechが社会においてとても重要だということがよく分かりました。
経営されているxIDは、マイナンバーカードをインフラにしながら、その上にITサービスをどんどん構築されています。改めてxIDのサービスを教えてもらえますか?
日下さま
今、大きく3つのサービスを提供しています。
1つ目は、住民向けの「xIDアプリ」です。これは、スマートフォンとマイナンバーカードがあれば、だれでも無料で作ることができるデジタルIDアプリになります。
2つ目は、「xID API」です。公共でこれまでも活躍されているSIerさんやべンダーさんが使えるAPI((Application Programming Interface)ソフトウェアの一部を公開して、他のソフトウェアと機能を共有できるようにしたもの)です。このAPIを、新規あるいは既存の住民サービスに組み込むだけで、マイナンバーカードを毎回読み取る必要がありません。住民もサービスごとにアプリをインストールする必要がなくなります。
3つ目は、「デジタル郵便受け」です。役所からのお知らせを、いつでもどこでもスマートフォンで受け取ることができるサービスです。スマートフォンのアプリ上でマイナンバーカードによる本人確認を行うえば、本人限定郵便のように今まで郵送していたものをデジタルで送ることができます。郵送コストも減り、脱炭素にも繋がります。特に中山間地域だと配達員減少のケアにもなるため、自治体への導入が進んでいます。
古見
住民と行政が双方向でやり取りできることは、Govtechの特徴ですね。
APIアプリについては、デジタルサービスの連携を進めるためだと思うのですが、Govtech協会でもそのような仲間作りを進めていますか?
日下さま
仲間作りこそ大切です。社会インフラ、というと少しおこがましくて、言いづらいですが、エコシステムを作ることがとても大事で、「自分が主役になろう」というよりは「場づくりをしてどんどん主役を増やす」ことができて自分たちがうまくいく。この作り込みがすごく大事だと思っています。
古見
日本のIT産業を見ると、ハードウェアの強いところがソフトウェアも握る、という垂直統合のビジネスモデルが成り立ってきました。そろそろそこからの脱却が求められていて、ハードも生きるしソフトも生きる、そんなモデルが必要だと感じています。
昔ある会社が"Network is computer"と言っていました。ネットワークが繋がった先に、様々なサービスのパートナーがいて、そこはオープンでトラストである、つまり、互いにを信頼し合い、情報を隠さずに仕事を進める。その点でもやはり、APIは非常に重要です。
デジタル化における行政の組織・職員について
古見
行政職員の方へGovtechを浸透させるために、求めている文化やスキルについてお聞かせください。
日下さま
私自身が行政職員であり、起業家であり、協会の理事でもある・・正直に言うとものすごく難しいですね。一人の人間がいろいろな帽子を被る必要がある。その時々で、人格を作り変えるくらいの気持ちで物事を考えます。
例えば、ITベンチャーやITベンダーの立場だと、行政は何かを売り込む顧客に見える。行政職員として中に入ると、彼らを「業者さん」と呼ぶ。私は「業者さん」と言われたら負けだと思っていて。だって壁ができているじゃないですか。
古見
パートナーじゃない、と。
日下さま
はい。ここがなくならないと、"官民共創は綺麗ごとで終わる"と思っています。そしてその壁を取り払える人材を「バウンダリースパナー」と言います。
自分の立場を渡して相手の立場に入りながら、製品を売り込むのではなく、あるいはそれを買うか買わないかではなく、「住民のためにどうあるべきかを平場で議論させてください」と言える。これができる人は、間違いなく必要ですね。
古見
「バウンダリースパナー」これからのキーワードの1つですね。
行政はもちろん、そこでビジネスをするプレイヤーも意識を変えなきゃいけない。予算を取りに行くだけじゃなく、地域の生活をどうしていくか、という目線の高さが必要。この辺りは、民間が鍛えるべき領域ですね。
日下さま
まさに、Govtech協会を立ち上げた理由の1つです。行政職員は行政職員の主張・感覚・習慣があり、かたや民間は営利企業である以上、出口は公共調達しかありません。
でも本当は「予算はいらないが、一緒に汗をかいてほしい」というものがあっていい。
実際私たちも「実証実験として予算はいらない、ただし熱量のある職員を配置してほしい。ここでの分析結果はオープンソースにして他の自治体に解放してほしい」というやり方をしたことがあります。
合意が取れた自治体とともに、ファーストペンギンとしてチャレンジをする、うまくいけば次の自治体から予算化をしていく。やり方はいろいろあっていいはずです。
古見
行政は予算の消化、民間は単年度のPLに注力するのではなく、長い目でお金を生んでいくビジネスモデルになりうるか、というファイナンスの意識がとても重要だと感じました。
これは、官民いずれにおいても人材レベルの向上が必要なテーマです。
官民連携で行政・公共分野のデジタル化を進めるためには何が必要になってくる?
古見
Govtech協会として取り組んでいること、今後取り組もうとされていることを教えてください。
日下さま
「どのようにトップライン(ROI)を出して、成長産業にするか」というビジネスモデルの変革に取り組みたいと考えています。
新富町のこゆ財団が進める「ふるさと納税による資金調達」はすでに起きている事例の1つです。彼らはふるさと納税で集めた資金で財団を作り、その中でDXや人材のテーマに取り組んでいます。
"街づくり"というハードウェアで考えると、JRもすでに実践しています。彼らは「公共交通機関」と呼ばれながら、デジタルを活用してSuicaを開発し、それらの決済情報をPOSシステムに連携、そこで得た人流データを生かして街づくりをしています。これをデジタル公共サービスとして考えれば、彼らは自治体や国からお金をもらわない、サステナブルな運営を実践していると言えます。私たちはこの仕組みを必ず作れると思っていて、今後はここが大きなテーマになります。
古見
日本企業が育ちにくい理由の1つに、イノベーションが起こりづらい点があります。イノベーションはテクノロジーではなく、ビジネスモデルのことです。ビジネスモデルを転換する思想を持つ経営者や起業家が出てくることが重要だと、改めて感じました。
中長期的にGovtech協会が取り組もうとされていることを教えてください。
日下さま
公共調達から新しいビジネスモデルをつくる、というと、従来からいる大手SIerさんの在り方を否定するように見えますが、決してそうではありません。
行政のインフラレイヤーを担う大手SIerさんと、アプリケションレイヤーを担うGovtech企業がアジャイルで機動的に連携することで、基幹系システムとのシナジーが取れたり連携がしやすくなったりする。Govtech協会はこの部分のオープン・イノベーションを起こしたいと考えています。
ただし、それを進めるには、関係者間の共通言語を作る必要があります。
大手には大手の言語があります。例えば、稟議をどのように回すか等の都合があるわけです。Govtech企業にはGovtech企業のライフサイクルがあります。公共分野にもっと投資をしたいけれど、今の取り組みの売上が、来年になるか再来年になるかが見えず、アクセルを踏めない。Govtech企業にとってキャッシュフローは大きな悩みの1つです。
大手企業、Govtech企業、自治体、地方銀行や大手銀行、ベンチャーキャピタルなど関係者間で共通言語を作り、整えることがやりたい。そのためのイベントや勉強会、分科会を揃えていくことに、しっかり取り組んでいきます。
古見
行政ビジネスに取り組む上で、1番の問題が資金繰りです。民間からのマネタイズの仕組み作りや、マネタイズのポートフォリオを複合的に形成する等、サステナブルなビジネスを考えることができる企業を増やしていく必要があります。
従来のインフラ系ベンダーの方とも、1つのファクターとしてお付き合いをすることになるかもしれませんね。そのようなエコシステムの全体像は見えていますか。
日下さま
必要なプレイヤーは見えてきました。ただ、具体的な日々の活動に繋げるためには、まだまだ課題があります。
Govtech協会も、賛同してくれる方はいらっしゃいますが、コアメンバーとして共にファンクションになっていくプレイヤーを増やす必要があります。
そこがスタートアップであれば、葛藤しながらの取り組みになります。会社は当然、利益を追求しますが、その土壌にあるGovtechも同時に育てなければいけないからです。
僕自身も葛藤しながら取り組んでいます。このような葛藤を抱えている人たちを、どうやって集めていくかには、まだまだチャレンジがあります。
古見
やはり、仲間作りですね。
日下さま
仲間作りですね。
古見
様々な仲間を巻き込みながら、Govtech協会を1つのプラットフォームとして新しい公共のビジネスモデル、新しい公共の在り方を作っていっていただきたいと思います。
今回はありがとうございました。
日下さま
ありがとうございました。