
日本の観光振興の現状
地域振興の目玉政策として観光産業の振興を挙げる自治体は多く、近年では特に地域やサービスの付加価値向上を目的とした事業が多く見受けられます。
観光庁では、高付加価値旅行者を「訪日旅行1回あたりの総消費額が1人100万円以上の旅行者」と定義していますが、彼らは単に一旅行当たりの消費額が大きいのみならず、一般的に知的好奇心や探究心が強く、旅行によるさまざまな体験を通じて地域の伝統・文化、自然などに触れることで、自身の知識を深め、インスピレーションを得られることを重視する傾向にあることが報告されています。
このような高付加価値旅行者を取り込むには、地域一体となったブランディングなどさまざまな施策と、それらを推進するための一定の経営基盤が必要となります。しかしながら、観光産業は中小規模の事業者の割合が多く、また、それぞれの事業者で施策を行いがちでもあり、結果として全体の生産性の低さの一因となっています。
欧米5か国に劣る日本の観光の付加価値
国土交通省が発表した観光白書(令和5年版)によると、日本は就業者一人当たりの付加価値額において、全産業806万円に対し、観光及びその他産業491万円、宿泊業534万円と相対的に低い金額になっています。欧米5か国と比較をすると、観光及びその他産業、宿泊業いずれにおいても付加価値額が相対的に低くなっていることが分かります。
また付加価値率※においても、同様の傾向があります。全産業の付加価値率は53.0%に対して、観光及びその他産業49.0%、宿泊業47.0%と相対的に低い水準です。欧米5か国の平均と比較すると、日本の全産業では欧米5か国平均を2.7ポイント上回っていますが、観光及びその他産業ではマイナス3.2ポイント、宿泊業ではマイナス12.8ポイントと低い水準になっています。※付加価値率とは、生産額に対する付加価値額の比率。
自治体や観光事業者は、利益向上や従業員の待遇改善はもちろん、地域全体の振興のためにも、観光の「高付加価値化」に地域全体で取り組む必要性を理解しているものの、何が具体的な対応として必要になるのか悩んでいるのではないでしょうか。
付加価値向上に向けた観光振興の課題
地域における観光振興の高付加価値化が進まない原因は、観光振興によって、その地域が目指す姿(目的)が明確にされていないことや、関係者間で共有がされていないからではないでしょうか。観光地域づくりを担う自治体や観光事業者などの目指す方向性が定まらないまま、さまざまな取り組み(手段)が一体感なく非効率に実施されることで、期待している効果が上がらないことが考えられます。
(1)地域の目指す姿(目的)の合意形成
地域の観光振興に係るステークホルダーは、観光客、観光事業者、地域住民、自治体など多岐に渡ります。そのため、目指す姿の検討や合意形成を図ることは、非常に困難なことが想定されます。目指す姿を共有し、地域一体で観光振興をすすめているところでは、背景に情熱溢れる自治体職員や事業者などが存在しているケースが多いです。生活利便性と経済成長のバランスを取り、地域と観光客・観光事業者間を調整し、目指す方向性を合意することは、大胆さと細心さを求められる非常に重要なことと考えられます。
(2)実現に向けた取り組み(手段)の検討
コロナ禍以降、国は観光振興のための多くの補助事業を立ち上げており、その獲得に躍起になっている自治体もあります。また、観光事業者向けのサービスやソリューションも乱立しており、他の地域で効果のあった取り組みをそのまま適用しようとするケースも多く見受けられます。このように、観光振興によってその地域が目指す観光地域の実現(目的)に向けた有効性や効果の検証が不十分なまま取り組み(手段)が実行されている地域も多いのではないでしょうか。
事例|福岡市の屋台街
汚損・悪臭など、さまざまな問題から行政による規制が強化されていた時期もありましたが、2011年、学識経験者や地域住民、屋台営業者などで構成された「屋台と共生のあり方研究会」が発足、議論を重ねた結果「屋台が福岡のまちににぎわいや人々の交流の場を創出し、観光資源としての効用を有している」ことを目的とした条例が制定されました。いまではニューヨーク・タイムズが発表する「今年行くべき場所」2023年版にも選定されるなど、世界的にも魅力的な観光地として評価を受けています。
※オーバーツーリズムの問題
付加価値を高める取り組みと合わせて、観光客を増やすことを目的とした取り組みが検討されることもあると思いますが、観光地のキャパシティーを超えるような観光客の急増は、混雑や騒音、マナー違反などの問題を招き、地域住民の生活や自然環境に悪影響を与えるなど、オーバーツーリズムの問題を誘引する原因となることもあります。観光客を増やすことを重視する取り組みを推進する際には、キャパシティーの確保やオーバーツーリズムへの対策など、十分な検討が必要です。
求められることは、自治体による主体的な観光振興
地域における観光振興は、行政が主体的にステークホルダーのバランスをとりながら牽引していくこと、また行政が政策として、地域の目指す姿の実現に向け、計画的に取り組むことが望まれています。
(1)日本版DMOの取り組み
DMO((Destination Management Organization(デスティネーション・マネージメント・オーガニゼーション)の頭文字の略)とは、観光地域づくり法人を指します。欧米の観光先進国を中心に発展してきているもので、日本では2015年に「日本版DMO 候補法人登録制度」が創設されたことから、各地域で形成・確立が進められています。
DMOは「観光地域づくりを行う舵取り役となる法人」であり、観光地域としての魅力を高めるためマーケティング・マネジメントやブランディング、商品造成、プロモーションなどを行い、観光客を誘致することで、地域経済の活性化を図ることが主な目的です。
(2)自治体には主体的な政策立案、地域マネジメントが求められる
地域の観光振興において「日本版DMO」の設立・登録は1つの有効な手段といえるでしょう。ただし、専門家によるサポートが非常に心強いのは確かですが、地域のさまざまな関係者の合意形成を重視し、取り組みを推進させるためには、行政が主体的な役割を担うことが必須になります。行政には目指す姿の実現に向けた政策立案やDMOも含めた地域のマネジメントが求められていると考えます。
今回は、地域の観光振興における問題について考察しました。日本における観光産業の付加価値は、国内のその他産業や世界と比較しても相対的に低い状況です。付加価値を高めるために、まずは地域が目指す観光振興の在り方(目的)を関係者間で合意形成をした後に、手段の検討へと進めることが重要です。
行政は、それらのステップをさまざまな関係者を巻き込みながら積極的に主導・推進していく高度なマネジメント能力が求められているのではないでしょうか。