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社会問題の解決アプローチ

日経グローカル連載記事
DXを生かす自治体経営 第6回(最終回)
『デジタル化や業務の改善策は 目的ではなく手段に過ぎない』

公共の夜明け

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地方創生・地域経営専門誌『日経グローカル』2023年10月16日号より、GLAVISグループおよびグラビス・アーキテクツ代表・古見が連載をスタートしました。
本稿では「DXを生かす自治体経営」をテーマにしており、最終回である今回は『デジタル化や業務の改善策は 目的ではなく手段に過ぎない』として、札幌市の業務改善例やこれまでの連載を振り返りながら、公共サービスを維持、さらに高度化させるにはデジタル化や様々な業務改善などに取り組む「目的」を常に見失うことなく、推進させる必要性について解説します。

※本記事は日経グローカル(2024年3月18日号)に掲載された記事を転載しています。

今回は、自治体経営と現場での業務改善例を示しつつ、第1回からの内容をまとめて説明する。

札幌市、虐待予防の取り組みを改善

 取り上げるのは札幌市の虐待予防の取り組みだ。2019年6月、同市内のマンションで当時2歳の女児が虐待され、衰弱死する事件が発生した。その後の裁判で、保護責任者遺棄致死の罪に問われた女児の母親は懲役9年、保護責任者遺棄致死と傷害の罪に問われた母親の当時の交際相手は懲役13年がそれぞれ確定した。

 事件は全国でも大きく取り上げられた。札幌市は検証ワーキンググループを立ち上げ、当時の対応の問題点を明らかにし、再発防止に向けた検証報告書をまとめた。報告書では現状の子育て支援に関する問題や課題を踏まえた提言がなされた。主な課題として挙げたのが「区と児童相談所間の情報共有・進行管理が不十分」「児童相談所の情報収集・ リスク評価・進行管理が甘く、改善を要する」といった点だ。区や児童相談所業務の煩雑さや職員の負荷の高さなどが推察される内容だ。

 こうした課題をデジタルの活用でいかに改善していくか。まず取り組んだのが、児童相談所や区の家庭児童相談窓口などが参照可能な子育てデータ管理プラットフォームの構築だ。市内の母子の母数データである母子保健情報と区ごとにある家庭児童相談情報、児童相談所の相談情報をトータルで同一に管理し、関係者がリスクの度合いなど組織横断で参照できる仕組みを検討した。

 具体的には、①各機関から連携された対象者の基本情報、取り組み状況、接触・経過記録を時系列に表現する情報共有機能②各情報からリスク要因を分析し虐待の危険性を予測するリスク予測機能③注意が必要な児童の情報が更新された際にアラート(警告)を表示して情報共有や見落としを防止する機能――の3つを実装した。

 この結果、以前は情報収集に多くの時間を要していたが、ボトルネックが解消された。リスクの分析・予測でも、従来は職員が自ら判断していたが、新たな仕組みの導入でトータルの指標ができ、属人化せずに済むようになった。組織として対応を検討する際の材料が増えたとの報告があった。

情報共有の範囲を広げることも

 さらに、児童相談所、区・市役所全体の子育て関連の業務にも、デジタルを用いた問題解決思考を活用した(図)。子育て支援業務の問題とその原因、課題、活動を整理し、①属人化の予防と情報共有②相談事案のリスク評価③継続的なモニタリング――の3つポイントで改善を目指した。

 この取り組みは市の中の限られた情報を収集したに過ぎない。生活保護の有無やドメスティックバイオレンス(DV)、国民健康保険料の滞納履歴など、基幹系業務にも踏み込んだより広範な情報を名寄せすることで、さらに判断材料が増えて効果的な取り組みが可能になるはずだ。

 だが、個人情報保護制度の制約などもあり、現状は一定の情報連携にとどまっている。この点は制度も含めた継続的な検討が必要だ。加えて、転居先の自治体にある児童相談所にそれまでの情報が引き継がれ、切れ目なく子育てを支援できる仕組み作りなども重要だ。しかし、改善策を講じたことで、現場の仕事がより煩雑になったり非効率になったりしてはいけない。そのために実施するのがデジタルトランスフォーメーション(DX)だ。住民などと直接接する業務を効果的に行うためのデジタル活用と不断の業務改善が大切だ。

自治体経営は受難の時代

 第1回では、人口動態や社会学的視点から、自治体の仕事が増え、それを担う自治体のリソースが不足している実情を問題として定義した。その解決に向けた課題設定として、自治体職員の求められる能力の変化、地域の自治体以外のプレーヤーを含めた新しい公共サービスの提供体制の必要性やデジタル化を説明した。

 公共サービスの需要は高まる一方、供給力は漸減していくため、より効率的にサービス設計を行い、提供していくための自治体経営が必要となる。つまり、今まで通りでは通用しない自治体経営受難の時代が来ている。

 第2回以降は前述の課題設定に基づき、具体的な手段について説明した。第2回では、そのような環境の中で自治体職員に求められるスキルが「手続き処理型」から「問題解決・プロジェクトマネジメント型」へと変化していることを説明した。第3回では、そのための組織における人事的な取り組みの全体像や自治体における人的資本経営について説明した。第4回では、民間セクターとの連携方法とビジネス・プロセス・アウトソーシング(BPO)活用の重要性とその方法を説明した。第5回では、デジタル活用とDXの考え方として、標準化の取り組みやデータ連携の重要性に触れた。

 全ての回を通じて「目的」と「手段」を明確にして、あくまで手段について解説してきた。ともすると行政の取り組みは手段が目的化しやすい。BPOは必要だがそれは目的ではなく手段だという視点だ。BPO活用の前提として、自治体のコアバリュー(基本的価値)とコア業務が明確になっている必要がある。ノンコア業務を標準化したうえで外部活用に移行していくことが重要だ。なぜコア業務に集中するのか。それは公共サービスを維持しさらに高度化していくための問題点を見つけて解決していくことに力を注ぐべきだからだ。

一人一人が社会に対し当事者意識を持つ

 公共サービスの目的は、地域住民や事業者が安心安全に暮らし、豊かなになることを可能とする環境を提供することだ。デジタル化や様々な業務改善などの取り組みを、常に目的を見失うことなく、取り組んでいく必要がある。

 繰り返すが、自治体経営受難の時代が来ている。公共サービスは行政だけが担う仕事ではなくなりつつある。重要なのは、地域に所属する一人一人が社会に対し他人事とせず、当事者意識を持つことだ。全6回の連載が今後の自治体の改革や公共サービス向上の参考になれば幸いである。